病的嫉妬の臨床研究

病的嫉妬の臨床研究

●病的嫉妬の臨床研究


高橋俊彦 著

判型: A5

頁数: 200

価格: 3,360円(税込)

ISBN(旧): 【4-7533-0605-4】

ISBN(新): 【9784753306053】

刊行年: 2006-06-05


●精神科臨床における病的嫉妬の理解をすすめる

目 次● 
まえがき 
第一章嫉妬という現象
 Ⅰ嫉妬の定義/Ⅱ正常な嫉妬と病的な嫉妬 
第二章文献の検討
 Ⅰ年齢と性別/Ⅱ病態/Ⅲ病因/Ⅳ嫉妬妄想の意味 
第三章嫉妬妄想例の臨床的概観
 Ⅰ対象/Ⅱ臨床的特徴
第四章嫉妬妄想における嫉妬の意味による類型化
 ⅠAタイプ/ⅡBタイプ 
第五章統合失調症性とパラノイア性の嫉妬妄想における他者関係の比較
 Ⅰ症例/Ⅱ配偶者および他者との関係/Ⅲ嫉妬を構成する「ライバル」の位置する対人関係上の次元 
第六章青年期の嫉妬妄想例
 Ⅰはじめに/Ⅱ症例/Ⅲ考察/Ⅳおわりに 
あとがきに代えて 
索引 
 
●技法以前の次元における患者理解として「嫉妬」を考える

まえがきより● 嫉妬の厄介なところは,「本質的に一次的にまた何の理解可能な目的あるいは理由もなく生じること,またそれが欲動的,衝動的である」ということにある。
 したがって何かの現実的動機があるわけでもないため,目的を達成したということがなく,まるで底がなく満たされることがない「ダナイスたちの桶」のように,止まるところを知らないという始末の悪さがある。「満たされた渇きには満足感があり,性行為の後にはけだるさやしばしば軽い抑うつが続き,遊びの欲動は疲れや退屈の現れによって自然に終わる」が,嫉妬を終結させるのは抑制,すなわち理性的意志の介入しかない。
 嫉妬の衝動は誰にでも備わっているが,性愛嫉妬は別にして志向性嫉妬の始まりは平均して決して強いものではない。このため,分別のある人間であれば誰でも,嫉妬は実際的目的がなく社会的に有害であるとことを認め,理性により芽のうちに摘み取ることが可能である。嫉妬が弱い感情から,情動,さらに熱情であるとみなされるほど激しい段階へと至るのは例外的であるが,自己コントロールを習得しなかった熱情的な気質の人びとなどは理性で抑制できないことがある。また問題なのは,集団現象として,学者,芸術家,政治家等の派閥においてはやはり嫉妬の抑制がきかず,さらには国家間に現れた場合などにおいて,嫉妬の抑制は意図的に放棄される可能性もあるということである。
 精神科領域における病的嫉妬,あるいは嫉妬妄想については,もっぱら性愛嫉妬のみが目立つがその理由として,フリートマンは,社会的職業的能力が病気によって失われ,志向性嫉妬の動機を失っている人びとが多いことと,本当は志向性嫉妬も存在するが,それより強い迫害妄想の陰に隠れているだけであるという。
 フリートマンの考えによれば,嫉妬の対象となるのは必ずしもすでに自分に属しているとは限らず,自分も獲得する可能性があるもの(人物,地位,名誉など)も含まれうる。これに対して多くの研究者たちは,嫉妬はすでに自分のものである配偶者,あるいはそれに近い関係の者を第三者に奪われる,あるいはその可能性があると判断した時に生じる現象であるという意味に使っている。これは精神科の臨床において出会う嫉妬妄想のほとんどが配偶者間,あるいはそれに近い関係の中で生じているからである。
 さて筆者が嫉妬妄想をもつ患者に関心をもつようになったのは,患者の言い分を聴いているうちに,嫉妬妄想は単なる偶発的な症状の一つであると片付けられない側面がある,つまりそこには何かの意味が込められており,嫉妬妄想を訴える人びとのおかれている状況の意味が少しだけではあるが分かるような気がするようになったからである。患者の言い分を理解しようとする態度は,いわゆる技法としての治療法を示すものではないが,技法以前の次元における患者理解として結局は治療につながっていると考えている。
 
高橋 俊彦



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