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   <title>岩崎学術出版社</title>
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   <updated>2012-02-02T08:44:15Z</updated>
   <subtitle>岩崎学術出版社のホームページ。東京都文京区。精神分析、精神療法、心理療法、精神医学、臨床心理学など関連諸分野書籍の出版・発行。新刊情報、図書目録、常備店一覧等</subtitle>
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   <title>エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究</title>
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   <published>2012-02-02T06:24:45Z</published>
   <updated>2012-02-02T08:44:15Z</updated>
   
   <summary>エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究|えびでんすにもとづくかうんせりんぐこうかのけんきゅう</summary>
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   </author>
         <category term="030心理療法・カウンセリング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[　
<strong>目次●</strong>
　日本の読者へ
　推薦のことば　ミカエル・ランバート
　推薦のことば　ローリー・クラーク
　謝辞
第1章　イントロダクション――研究からの問いかけ
第2章　カウンセリングおよびサイコセラピーがもたらす結果
第3章　セラピーにおける立場（orientation）の違いは問題なのだろうか？――サイコセラピーにおける大論争
第4章　クライアントの要因――治療的変化の核心
第5章　セラピストの要因――誰が何のために働くのか？
第6章　セラピー関係の要因――癒すのは関係……だろうか？
第7章　技法とプラクティスの要因――セラピストがやっていることと，それをどのようにやっているかのどちらが重要か？
第8章　コンクリュージョン
　補遺――さまざまなセラピーの効力と効果
　用語集
　研究クイズ解答
　文献
　監訳者あとがき
　人名索引
　事項索引
---------------------------------
<strong>監訳者略歴</strong>
清水　幹夫（しみず　みきお）
1944年　東京都に生まれる
1974年　青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻修了
1975年　東京農業大学農学部講師，1985年より助教授
1996年　 千葉大学教育学部教授，1997年より大学院学校教育学専攻ならびに学校臨床専攻教授兼務
2002年　法政大学現代福祉学部教授，大学院人間社会研究科教授
現　在　 法政大学現代福祉学部臨床心理学科教授，大学院人間社会研究科教授
著　著　 （以下すべて分担執筆）『カウンセリングプロセスハンドブック』（金子書房，2004年），『臨床心理面接演習（臨床心理学シリーズ4）』『臨床心理基礎実習（臨床心理学シリーズ5）』（ともに培風館，2004年），『カウンセリングの展望』（ブレーン出版，2005年），『エンカウンター・グループと国際交流』（ナカニシヤ出版，2005年）
訳　書　 『パーソンセンタード・アプローチの最前線』（共訳，コスモス・ライブラリー，2007年）

末武　康弘（すえたけ　やすひろ）
1959年　長崎県に生まれる
1989年　筑波大学大学院博士課程教育学研究科満期退学
1989年　女子美術大学芸術学部専任講師，1991年より助教授
1992年　明治学院大学文学部専任講師，1993年より助教授
1996年　法政大学文学部助教授
2001年　法政大学現代福祉学部助教授
2002年　法政大学大学院人間社会研究科臨床心理学専攻助教授
現　在　法政大学現代福祉学部臨床心理学科教授，大学院人間社会研究科教授
著　書　 『改訂　ロジャーズを読む』（共著，岩崎学術出版社，2006年），『新版　産業カウンセリング　事例に学ぶ』（共著，日本産業カウンセラー協会，2007年），『フォーカシングの原点と臨床的展開』（共著，岩崎学術出版社，2009年），『ジェンドリン哲学入門』（共編著，コスモス・ライブラリー，2009年）
訳　書　 『ロジャーズ主要著作集1　カウンセリングと心理療法』（共訳，岩崎学術出版社，2005年）]]>
      　監訳者の観点から本書の論点のハイライトをいくつか示しておきたい。第一に，本書ではカウンセリングやサイコセラピーの分野におけるエビデンスベースト（evidence based）の動向の意義を踏まえつつ，公正かつ中立的な立場から研究知見がレヴューされている。対人援助の実践におけるエビデンスベーストのトレンドは，日本においても無視することのできない動向になってきているが，本書はカウンセリングやサイコセラピーのインフォームドコンセントにおいても，またどのセラピーを選択したらよいのかについての情報提供においても，種々の貴重な情報を提供していると言える。
　第二に，本書はカウンセリングやサイコセラピーが具体的に提供することができる効果や効力について，これまでに集められたデータやエビデンスをもとに，とても勇気づけられる知見を示している。例えば薬物療法や一般的な医療と比較して，カウンセリングやサイコセラピーが人々に提供できる効果は決して小さなものではないことが本書からはわかる。日本ではまだ，カウンセリングやサイコセラピー独自の効果や効力について光をあてるような研究が十分に蓄積されてきているとは言えない。日本における研究の発展と蓄積も強く求められていると言えよう。
　第三に，本書には，カウンセリングやサイコセラピーの実践を行う中で疑問に感じられたり，行き当たったりするような具体的な問題のいくつかについて，とても明確な，あるいは示唆的な，場合によっては驚くべき研究知見やエビデンスが示されていると言える。例えば，セラピーの内容や方法によって効果に差はあるのか，セラピストの性差は効果に影響しているのか，プロフェッショナルなセラピストとそうでないセラピストの間の効果の差はどのくらいあるのか，等々である。研究知見やエビデンスの中身によっては，私たちの思い込みや信念が大きく揺さぶられるようなものもあるが，本書の原題のサブタイトルにあるように，The Facts are Friendly（「事実は味方である」）という視点から，私たちの実践も絶えず見直されなければならないだろう。本書が多くのカウンセラーやサイコセラピストの座右に置かれ，よりよい実践のための指針や手がかりとして活用されることを，原著者とともに監訳者たちは願っている。
　最後に，本書ほどカウンセリングやサイコセラピーの分野の研究知見やエビデンスを総合的に，しかもとても理解しやすいかたちで示した書物は，これまでになかったと言えるだろう。それゆえ，臨床心理学を学ぶ学部生や大学院生をはじめ，看護学生や医学生，そして臨床心理士，学校心理士，カウンセラー，セラピスト，社会福祉士，精神保健福祉士，看護師，医師，作業療法士，法務技官，産業カウンセラー，教師など，臨床や対人援助にかかわる多くの人々に活用してもらいたいと思っている。さらに日本においても，同様な実証的研究がこれまで以上に進展し蓄積していくことにつながれば，監訳者たちには望外の喜びである。
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   <title>どの子もこぼれ落とさない授業づくり４５</title>
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   <published>2012-01-17T02:18:32Z</published>
   <updated>2012-01-17T07:19:27Z</updated>
   
   <summary>どの子もこぼれ落とさない授業づくり４５|どのこもこぼれおとさないじゅぎょうづくり</summary>
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         <category term="050発達・思春期・老年" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="060自閉症・発達障害" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<strong>●目　次</strong>

序章　「授業・学校づくり」のラフ・スケッチと若干の理論的下敷き
　　　　１　子どもに学びをもたらす授業　　
　　　　２　子どもの活動　　
　　　　３　困り感　　
　　　　４　授業・学校づくり――提案授業と研究協議会　　
　　　　５　インクルージョン　　
第１章　「学習課題」を設定する　　　
　　　一、「ねらい」を「学習課題」に書き換える　　
　　　　①「学ぶ喜び」をもたらすための「ねらい」　　　
　　　　②「ねらい」を決める　　　
　　　　③「学習課題」を設定する　　
　　　二、「学習課題」に向かわせるために　　
　　　　④トランポリンモデル　　
　　　　⑤「はしご課題」を設定する　　
　　　　⑥「手だて」を工夫する　　
　　　コラム１　　大学の授業から
第２章　「学び合いのプラン」を考える
　　　一、教材とつなぐ
　　　　⑦「学習課題」をつかませることから　　
　　　　⑧教材から「かたどる」　　
　　　　⑨子どもと教材をつなぐ手だて　　
　　　二、仲間とつなぐ基礎
　　　　⑩二つの「協同化」
　　　　⑪子どもをつなぐ媒介を用意する　　
　　　　⑫学ぶ値打ちのある学習課題を用意する　　
　　　三、仲間とつなぐ技法
　　　　⑬机のかたち　　
　　　　⑭ペア活動　　　　　　
　　　　⑮班活動　　
　　　　⑯全体でつなぐ　　
　　　四、「学び合い」と「ケア」
　　　　⑰「聴く」ことは「承認」すること　　
　　　　⑱語り出すことは傷つくこと　　
　　　　⑲依存的自立　　
　　　　⑳居場所は、人と人とのあいだにある　　　
　　　五、自分の言葉で語る
　　　　21語ること、表現すること　　
　　　　22教師のしゃべりすぎはいけない　　
　　　　23世界を見る解像度を高める　　
　　　　24できたてほやほやの言葉　　
　　　コラム２　授業の軸と学級崩壊
第３章 通常の学級における特別支援教育
　　　一、支援に向けた考え方
　　　　25子どもを困らせていないか　　
　　　　26「困り感」の軽減　　
　　　　27学びの支援　　
　　　二、教育的アセスメントとは
　　　　28子どもの実態は、人によって語られるもの　　
　　　　29「指導法」は、実態把握のツール　　
　　　　30試行的な指導を通しての実態把握　　
　　　コラム３　付き人支援
第４章　特別支援学級の学級経営と授業づくり
　　　一、特別支援学級の学級経営
　　　　31三つの環境を整える　　
　　　　32学級経営の柱を立てる　　
　　　　33つけたい力を精選する　　
　　　二、特別支援学級の授業づくり
　　　　34「学び合い」を意識する　　
　　　　35適切な手だてをして子どもから離れる　　
　　　コラム４　定着より、できた・分かった経験
第５章　授業・学校づくり
　　　一、はじめの一歩　　　　　　　
　　　　36足場を固める　　
　　　　37他人の授業を見て学ぶ　　
　　　　38公開が進まない理由　　
　　　二、提案授業の準備と参観の方法
　　　　39指導案をどうするか　　
　　　　40座席表を用意して子どもの学びと育ちを見取る　　
　　　　41記録をどうするか　　
　　　三、研究協議会のすすめ方
　　　　42協議の柱
　　　四、インクルーシブ教育に向けて　
　　　　43インクルージョン・レベル１　　
　　　　44インクルージョン・レベル２　　
　　　　45学びの質の保証　　
　　　コラム５　先を急がない
おわりに　インクルーシブ教育への道
----------------------------------------
佐藤　曉（さとう　さとる）
1959年，埼玉県に生まれる。
筑波大学第二学群人間学類卒業，同大学院教育研究科修了。博士（学校教育学）。
現在，岡山大学大学院教育学研究科教授。
著書　発達障害のある子の保育の手だて・実践満載発達に課題のある子の保育の手だて（岩崎学術出版社），発達障害のある子の困り感に寄り添う支援・見て分かる困り感に寄り添う支援の実際・自閉症の困り感に寄り添う支援・子どもも教師も元気が出る授業づくりの実践ライブ（学習研究社）その他多数。]]>
      　どのような授業をしたら、こぼれ落ちる子どもをつくらず、すべての子どもに質の高い学びをもたらすことができるのでしょうか。また、そのような授業が提供できる学校づくりを、どう進めていったらいいのでしょうか。こうした問いに対して、本書では、具体的な実践をもとにお答えしようと思います。
　詳細については本文をお読みいただくとして、ここでは、問いをたてるにいたった経緯を、かいつまんでお話しさせてください。
  私が学校とのお付き合いを始めたきっかけは、障がいのある子どもへの支援方法をアドバイスする巡回相談でした。二十五年くらい前のことです。その後、発達障がいの問題がある種のブームになって、学校からの要請が急激に増加しました。
　ところが、それに応えていくなかで、一つの疑問がわいてきました。この子たちにまつわる問題を解決するためには、個別支援もさることながら、授業の本体をなんとかしなくてはいけないのではないかと。クラスが落ち着かなかったり、授業の足腰が弱かったりするがゆえに「困り感」を抱える子どもが量産されているという現実が、あちこちで見受けられたのでした。
　この傾向は、皮肉なことに、特別支援教育の推進と比例するかのように強まっていった印象があります。そこへの反省もあって、ここ数年は、特別支援教育領域の人たちも、授業づくりに目を向けるようになりました。
　しかし、授業の見直しをどう進めたらいいのか。いや、それ以前に、どんな授業をしたら子どもが救えるのか。七、八年前までは、私自身も、明確な答えを持ちあわせていなかった気がします。ここのところよく耳にする「特別支援教育の視点を取り入れた授業づくり」とか「授業のユニバーサルデザイン」とかいったキャッチフレーズがすでにそのころから言われはじめていましたが、いささか表面的な発想に、もうひとつ乗り切れない感覚がありました。かといって、これでいけると確信がもてる方向性も打ち出せずにいたのですけれど。
　そんな折、岡山の岡輝中学校では、森谷正孝校長が中心となって協同学習による学校改革に着手していました。森谷先生が声をかけてくださり、中学校の校長室でお会いしたのが佐藤雅彰先生〈元富士市立岳陽中学校長〉でした。協同学習については、以前からいくつかのパイロット校に足を運んで知ってはいましたが、当時はまだ迫ってくるものがありませんでした。それを変えてくれたのが、佐藤雅彰先生です。
　校長室で雑談をしていたところ、雅彰先生が、「『困り感』というのは、とてもいい言葉ですね」と話しかけてくださいました。二〇〇四年に書名として「困り感」を使って以来、多くの人に愛用してもらった言葉ではありますが、違う畑の人から聞くのは、はじめてだったかもしれません。おそらく、雅彰先生がもともと使っていた言葉を、「困り感」の本につなげて語ってくださったのだと思います。お話をうかがうにつれ、この先生は大切なことを私に教えてくれる人だと直感しました。かってに師と仰いで、もらえるものは全部もらおうと心に決めたのでした。
  その後、いまのスタイルの授業・学校づくりに至っています。折しもインクルーシブ教育の考え方が提出され、今度は、協同学習とインクルーシブ教育との親和性を感じています。その過程で立てられたのが、冒頭の問いです。
　それゆえ、この本で語られる提案のほとんどは、協同学習とインクルーシブ教育の和集合に属しています。以下、ざっとですが、本の内容をご案内しましょう。

　序章では、本書でお伝えしたいことのあらましを、コンパクトにまとめました。また、その輪郭が明瞭になるよう、理論的な背景についてもいくらか触れています。できるだけ専門用語を使わずに書きましたので、一読してみてください。
　第１章と第２章は、「子どもの活動」がテーマです。子ども自身に活動をさせなければ、力はつきません。子どもが学びひたれるような活動をいかに仕組めるか、それが教師の腕の見せ所です。第１章では、授業の「ねらい」から「学習課題」を設定するプロセスに焦点を当てました。続いて第２章では、子どもと教材をつなぎ、そして子ども同士をつなぎながら、最終的に子どもが自分の言葉で語れるようにする指導技術を、具体的に解説しています。
　第３章では、「困り感」を抱く子どもを支える手だてが紹介されています。子どもが困っていても気づいてもらえないまま、予定された授業だけが淡々と進んでいく光景は、見ていてとても悲しくなります。「授業のなかで困っている子どもは、授業のなかで救う」、それが私たちのコンセプトです。
　第４章のテーマは、特別支援学級の学級づくりと授業づくりです。個別的な手だてを整えながらも、子ども同士が学び合える授業をつくりたいと思います。
　第５章と終章では、研究協議会の改善を核にした授業・学校づくりの実践を取り上げるとともに、インクルーシブ教育に向けた展望を示しました。提案されている授業・学校づくりのプランは、インクルーシブ教育を実現させるためのあらたな地平を切り開くことになるでしょう。
  なお本書は、私と小学校研究主任のフク先生とが対話をする形式で進行していきます。実際に授業・学校づくりの舵取りをするのは、研究主任の仕事です。研究主任の先生がしっかりしていると、学校は動きます。
　この本には、現場で見つけた実践の知恵が、たくさん紹介されています。おじゃました学校の先生がたには、心から感謝しています。ただ今回は、このまえがきを除いて、学校名や個人のお名前を掲載するのを差し控えました。個人情報の問題もあるのですが、むやみな視察によって、対応する先生たちに不要な時間を費やしてほしくなかったからです。授業・学校づくりは、静かでローカルな営みであってほしいというのが、私の願いです。学校は、子どもが大人の都合で振り回されることのない場所でなくてはいけません。
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   <title>精神分析という語らい</title>
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   <published>2011-11-11T04:57:49Z</published>
   <updated>2011-11-11T05:02:54Z</updated>
   
   <summary>精神分析という語らい|せいしんぶんせきとうかたらい</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      目次●
まえがき
第Ⅰ部　精神分析概念との語らい
第１章　エディプスのとば口
第２章　ナルシシズムと心的な死
第３章　「超自我」再考
第Ⅱ部　フロイトとの語らい
第４章　鼠男の治療記録──フロイトの悲劇
第５章　フロイトの疚しさ──「終わりある分析と終わりなき分析」にみるフロイトの限界
第Ⅲ部　日本の精神分析との語らい
第６章　「『自分』と『甘え』」再考
第７章　「甘え」理論の対象関係論的含蓄
第８章　「見るなの禁止」とは何か
第Ⅳ部　精神分析というできごととの語らい
第９章　夢みることと精神分析
第10章　精神分析の非対称性について──ウィニコットの視点から
第11章　「劇的瞬間」と「精神分析的瞬間」
----------------------------------
藤山直樹（ふじやま　なおき）
1978年 東京大学医学部卒業
現　在 上智大学総合人間科学部心理学科教授
東京神宮前にて個人開業
      この本の構成をあらかじめ読者諸氏に明らかにしておこう。この本は四つの部分に分かれている。四つの部分それぞれも、そして各章も基本的に独立しているから、読者諸氏はこの本をどこからお読みになってもいいのだが、第Ⅳ部だけはちょっと性格が違う気もするので、最後に読まれた方がよいかも知れない。
　第Ⅰ部は、「精神分析概念との語らい」と題されている。精神分析のいくつかの概念と正面切ってまみえた語らいの記録である。ひとつの概念と深く語らうと、自分の精神分析全体とのつながりが変化し、自分にとっての精神分析が変形される。自分にとっての精神分析をそのようにして不断に改訂され、新しくかたちづくられる。そのような運動がなくなってしまえば、精神分析は自分のなかで死に絶えてしまうのだろう。
　そのような作業を人生を通して行なったのがフロイトである。彼ほどの高みに到達することは難しくても、私たちが精神分析と真に交われば、彼と同じような作業に従事することは避けられない。そうなると私たちは先達としてのフロイトと語らいたくなる。第Ⅱ部は「フロイトとの語らい」として、フロイトの初期の仕事と晩年の仕事の二つを素材に彼と語らった。けっして彼の論文や仕事と語らおうとしたのではない。あくまで私は彼と語らおうとした。精神分析が患者の話を聴くものではなく、患者を聴くものであるように、私はフロイトを聴き、何かを語ろうとしたのである。
　日本で精神分析をやっている以上、私は日本の先達のことを常に意識してきた。とくにオリジナルなアイデアによって精神分析という文化に貢献した、土居健郎と北山修は、自分が彼らとかなり近いところにいた時期があったこともあって、最も気になる存在であった。私は彼らの概念に絶えず関心を向け、何かを考えてきた。「日本の精神分析との語らい」と名付けられた第Ⅲ部はその成果である。私が彼らのようなオリジナルなアイデアを生み出すことはおそらくないだろう。ただ、彼らと語らうこと、その語らいを形にすることは、精神分析を豊かにするのではないかと思うのである。
　さて第Ⅳ部は「精神分析というできごととの語らい」と題した。夢見ること、非対称性、劇的瞬間といった分析実践の本質に存在するものについて触れた論考を集めた。この第Ⅳ部はある意味準備的な仕事であり、私が今後精神分析という営み、できごとにさらに深く触れるための基本的観点を準備する予告編の趣がある。ここに展開されている論は未熟で粗削りではあるが、予告編をいずれ本編に仕上げて皆様にお目にかけられればよいと思っている。（まえがきより抜粋）
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   <title>【新版】子どもの治療相談面接</title>
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   <published>2011-11-11T04:43:41Z</published>
   <updated>2011-11-11T04:55:14Z</updated>
   
   <summary>【新版】子どもの治療相談面接|こどものちりょうそうだん</summary>
   <author>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      目次●
第１部
序
症例I イーロ　９歳９カ月
症例II ロビン　６歳
症例III イライザ　７歳半
症例IV ボブ　９歳
症例V ロバート　９歳
症例VI ローズマリー　10歳
症例VII アルフレッド　10歳
第２部
序
症例VIII チャールズ　９歳
症例IX アシュトン　12歳
症例X アルバート　７歳９カ月
症例XI ヘスタ　16歳
症例XII ミルトン　８歳
第３部
序
症例XIII エイダ　８歳
症例XIV セシル　初診時生後21カ月
症例XV マーク　12歳
症例XVI ピーター　13歳
症例XVII ルース　８歳
症例XVIII Ⅹ夫人　30歳（アンナ〈６歳〉の母親）
症例XIX リリー　６歳
症例XX ジェイソン　８歳９カ月
症例XXI ジョージ　13歳
--------------------------
橋本雅雄（はしもと　まさお）
1942年　栃木県に生まれる
1968年　慶応義塾大学医学部卒業，医学博士
現　在　くじらホスピタル

大矢泰士（おおや　やすし）
1963年生まれ
東京大学文学部，教育学部教育心理学科卒業
東京都立大学大学院人文科学研究科心理学専攻博士課程単位取得
専　攻　臨床心理学，精神分析学
現　職　東京国際大学大学院臨床心理学研究科准教授
      本書は，Donald W. Winnicott : Therapeutic Consultations in Child Psychia­try. The Hogarth Press 1971の全訳である。原書は，21例の治療相談の記録が収録されている症例集で，３部から構成されている。第１部には，ほぼ正常といえるものから神経症範囲の症例，第２部には，神経症，スキゾイド・パーソナリティと精神病例，第３部には，反社会的傾向，特に盗みの症例が集められている。
本書はそれぞれの症例の治療の全経過が具体的に記述されているので，ウィニコットの教育分析を受けたガントリップGuntrip, H.をして「治療においてフロイトを越えた」と言わしめた，ウィニコットの卓越した治療技法と臨床感覚の一端を垣間見ることができる。
本書で紹介されている，治療相談（あるいは，治療相談面接）Therapeutic Consultationは，主に１回の面接で行なわれている。これは，この治療相談面接が初回面接を十分に利用すること，つまり，子どもと初めて出会い，まだ治療者が子どもの「主観的対象」である間にコミュニケートするためというばかりでなく，ロンドンのウィニコットのところにはイギリス各地から多数の患者が紹介されて来るので，１回の面接で「やるべき作業をやってしまう」ような治療技法を開発することが要請されたためであろう。
また，ほとんどの症例においてスクィグル・ゲームsquiggle gameが用いられている。
さらに，スクィグル・ゲームは，子どもと治療者ウィニコットとの遊ぶことの体験を共有する手段として重要である。ウィニコットは『遊ぶことと現実』のなかで，「遊びにおいて，遊ぶことにおいてのみ，個人は，子どもでも大人でも，創造的になることができ，その全人格を使うことができるのである。そして，個人は創造的である場合のみ，自己を発見できるのである」と述べているが，その具体的実践の一つが，治療相談面接の中で行なわれるスクィグル・ゲームなのである。その遊ぶことの過程で出現する重要な契機が，子どもがそれまで気がつかなかった自分を発見して，仰天する体験である。これは，深い感動を伴った知的発見や洞察体験である，アルキメデスの「ユリイカ体験」や，いわゆる「アハ体験」Aha experience，また，M. Balintのflash techniqueで得られる体験と類似している。
ウィニコットは，「書かれた楽譜から優れた音楽家の演奏を聞く満足はごく僅かしか得られないかもしれない」と，第１部の序で述べているが，この症例記述は，十分の臨場感を抱けるまでに，名演奏を生き生きと再現してくれている。各症例のセッションは「起承転結」とも「序破急」とも楽節の展開とも例えられるような進展を見せ，読む者は感嘆し，魅了させられてしまうであろう。訳者としては本訳書を通して，ウィニコットの名演奏を「楽しんで」いただけたら，と願うばかりである。（訳者あとがきより抜粋）
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   <title>産後メンタルヘルス援助の考え方と実践</title>
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   <published>2011-11-11T04:30:24Z</published>
   <updated>2011-11-11T04:42:14Z</updated>
   
   <summary>産後メンタルヘルス援助の考え方と実践|さんごめんたるへるすえんじょのかんがえかたとじっせん</summary>
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      目次●
第１章…援助が必要なのはどのような人か
Ⅰ　さまざまな視点
Ⅱ　さまざまなフィールド
第２章…スクリーニングとモチベーション
Ⅰ　なぜスクリーニングが必要か：相談への経路
Ⅱ　複眼的なアセスメント
Ⅲ　産後のメンタルヘルス・スクリーニングの特殊性：生活機能・育児機能に焦点を当てる
Ⅳ　母親の問題の一過性の先鋭化とスクリーニング閾値
Ⅴ　産後のうつ病は，当事者にはどのように感じられるか：英国の例
Ⅵ　スクリーニングにおける質問紙という方法
Ⅶ　母親たちの記入はおおむね実態と合致する
Ⅷ　エジンバラ産後うつ病質問票の特徴
Ⅸ　質問紙の副作用や盲点：スクリーニングの原則を理解する
Ⅹ　質問紙の後の面接の意味
XI　動機づけ理論
XII　本人の理解と専門家の理解の統合
XIII　原因とリスク：唯一の原因か多くのリスクの中のひとつか
XIV　まとめ
第３章…産後に見られるさまざまな病状
Ⅰ　メンタルヘルスの評価について
Ⅱ　産褥精神病，産後うつ病を中心とした有病率
Ⅲ　個々の精神病理
　　マタニティブルー／産褥精神病／産後うつ病／うつ状態／精神病エピソード／不安障害／摂食障害／アルコール乱用／パーソナリティ障害／発達障害
Ⅳ　ライフサイクルの中のコモビディティの実態
Ⅴ　症　例
Ⅵ　まとめ
第４章…産後の精神的不調に関連する因子
Ⅰ　妊娠をめぐる問題，妊娠中，分娩の異常
Ⅱ　母乳の問題
Ⅲ　子どもの問題
Ⅳ　言語・文化の問題
Ⅴ　仕事・経済の問題
Ⅵ　母親の疾患，母親のその他の問題
Ⅶ　ドメスティック・バイオレンス（DV），虐待，夫（父親）の疾患，夫のその他の問題
Ⅷ　離婚・夫婦関係悪化・母子家庭
Ⅸ　その他の家族問題
Ⅹ　近親者の死
XI　育児援助の少なさ
XII　最近の転入
XIII　その他の因子
XIV　まとめ
第５章…エジンバラ産後うつ病質問票（EPDS）を用いた産後メンタルヘルス援助の実践
Ⅰ　さまざまなセッティングにおけるEPDSの使い方
Ⅱ　EPDSを見ながらの面接
Ⅲ　EPDSを共通ツールとしたシステム
Ⅳ　海外での産後メンタルヘルス援助：エビデンスの集積と実践
第６章…多職種による連携，当事者との連携
Ⅰ　多職種連携とは
Ⅱ　職種間の違い・背後にある考え方の違い
Ⅲ　精神医学モデル
Ⅳ　臨床心理学モデル
Ⅴ　虐待防止モデル
Ⅵ　母子保健モデル
Ⅶ　当事者のモデル
Ⅷ　まとめ
終　章…出産によって，得たことと失ったこと
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西園マーハ 文（にしぞの・まーは・あや）
九州大学医学部，慶應義塾大学医学部医学研究科博士課程卒。
1986年，1992年英国エジンバラ大学留学。
1998年より東京都精神医学総合研究所勤務。
2008-2009年英国King&apos;s College London, Institute of Psychiatry 客員研究員。
現在，（財）東京都医学総合研究所　心の健康づくりプロジェクト副参事研究員。慶應義塾大学医学部客員准教授。
著書（単著）に『摂食障害サポートガイドブック』（女子栄養大学出版部，2002），『生活しながら治す摂食障害』（女子栄養大学出版部, 2004），『摂食障害 心と身体のケア アドバイスブック．シリーズ・ともに歩むケア２』（精神看護出版, 2005），『摂食障害のセルフヘルプ援助―患者の力を生かすアプローチ』（医学書院, 2010）。
編著書に『摂食障害の治療．専門医のための精神科臨床リュミエール第Ⅲ期28巻』（中山書店, 2010）ほか
      本書は，東京都内の保健センターで，保健師さん，臨床心理士さん方とともに筆者が10年来実施している産後のメンタルヘルス相談での経験を基にしたものである。産後のメンタルヘルス領域の優れた参考書はすでに世に多数あり，筆者が付け加えられることはわずかしかない。そのわずかというのは，これまでの参考書は，産科病棟，新生児ICU，産科精神科協働チームなど病院がフィールドであるのに対し，本書は病院外の地域の保健センターでの活動による知見ということである。
病院の受診者は，治療を受けることにある程度は覚悟ができているが，地域では，自分にメンタルヘルスの援助が必要だとはまったく思っていない人に治療を勧める場面も多々ある。虐待防止の分野でも，援助の必要性の自覚がない人にどのように接点をもつかは大きな課題だが，メンタルヘルスという切り口から見た場合も同じ問題がある。精神医学の分野では，早期発見・早期「介入」がトピックであるが，まだこの領域は発展途上である。「遅いより早い方がよい」という一般的な哲学が，本当にどのような病状にも当てはまるのか，本人が置かれている状況によって介入の方法論は異なるべきでないのか，本人が最初の段階で拒否したら次のチャンスはいつかなど産後メンタルヘルスの領域は，早期発見・早期介入の議論に重要な題材を提供すると思われる。このような意味で，本書は，産後のメンタルヘルスをテーマとしているが，副旋律として，地域におけるメンタルヘルス問題の発見と援助という，より一般的テーマも扱っている。
産後のメンタルヘルスの領域は，ストレス論やコーピング論からも大変重要である。子育てという，１日も休めない仕事がある中でのコーピングのあり方をよく見ると，個人とストレスとの関係がよくわかる。産後の女性の生活は，子どもを背負ってハードルを飛ぶような日々である。一般的に言えば，もともとごく低いハードルを飛ぶのにも難儀していた人は，子どもを背負えばますます飛べなくなる傾向がある。しかし，日頃は高いハードルを飛んでいた人でも，背負っている子の重さによっては，飛べなくなる。そして，このことにひどく傷つく人もいれば，子どもがいる生活というのはこんなものだろうと受け止められる人もいる。
どのようなストレスもそうであるが，ストレスに対応するうちに力がついた，ということはしばしば観察されることである。子どもを背負って飛んでいるうちに，子どもを背負わなくてもよくなったとき，以前より高いハードルを楽々飛べるようになることも多い。子どもの重さで倒れてしまうか，何とかハードルを飛べて，将来への力をつけるかの差は，紙一重である。たとえハードルの前で立ち止まる日があっても，飛んで自信をつける後者の道を行くためには，質のよい援助が，よいタイミングで，当事者にも納得いく形で届く必要があるだろう。本書が，その方法を当事者とともに考える一助になれば幸いである。
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   <title>関係精神分析入門</title>
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   <published>2011-11-11T04:19:15Z</published>
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   <summary>関係精神分析入門|かんけいせいしんぶんせきにゅうもん</summary>
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         <category term="010精神分析" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      目次●
まえがきに代えて　　丸田 俊彦
第１部　関係精神分析とは何か
第1章　関係精神分析の展望
第2章　関係性精神分析の成り立ちとその基本概念について
第3章　関係精神分析の感性の起源──対象概念の復権という視点から
第２部　関係精神分析成立に貢献した人々
第4章　ミッチェルの功績
第5章　グリーンバーグの功績──ラジカルな中道派
第6章　ギルの功績
第7章　コフート，ストロロウの功績
第8章　サリヴァンの功績
第３部　関係精神分析のさまざまな論理的基盤
第9章　関係精神分析と自己心理学
第10章　システム理論との違い
第11章　関係精神分析と乳児研究──ボストン・グループ他
第12章　関係精神分析と生物学的な研究
第13章　関係精神分析と複雑系の理論
第14章　ホフマンの業績と構築主義的精神分析
第４部　関係精神分析の治療と技法
第15章　ミッチェルの治療論
第16章　関係精神分析の治療技法
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岡野憲一郎（おかの　けんいちろう）
1982年 東京大学医学部卒業，医学博士
国際医療福祉大学教授

吾妻　壮（あがつま　そう）
1998年 大阪大学医学部卒業
大阪大学大学院医学研究系研究科精神医学教室

富樫公一（とがし　こういち）
1995年 愛知教育大学大学院教育学研究科　修士課程修了
広島国際大学大学院准教授，TRISP自己心理学研究所精神分析家，栄橋心理相談室精神分析家

横井公一（よこい　こういち）
1982年　金沢大学医学部卒業
関西福祉科学大学大学院社会福祉学研究科教授
      　精神分析の基本原則に徹することで生じるさまざまな矛盾，中立性や匿名性が内包する諸問題，患者の側に立った視点の欠如，無意識の不可知性等の問題や視点は，関係精神分析の機関誌とも言える『精神分析的対話』を紐解けば，異なる論者により繰り返し取り上げられていることがわかる。彼らが異口同音に指摘するのは伝統的な精神分析理論の限界や問題点であるが，それらは患者主権の治療を目指すというヒューマニズムに一貫して裏打ちされているように感じられる。彼らの議論はいかに過激で偶像破壊的であっても，精神分析を侵害するのではなく，逆にそれに活力を与え，新しい精神分析を構築するというエネルギーに満ちているのである。
　関係精神分析において頻繁にテーマとして取り上げられ，先駆者ミッチェルが強く主張した治療者と患者の二方向性，ないし二者性という概念は数多くの論者に共有されているように見受けられる。これらの概念は，治療者と患者の主観的体験は常に相互的に影響を及ぼし，決して互いが孤立した心としては存在しないという視点を強調するが，この論点を突き詰めれば，患者（ないしは同様に治療者）の内的体験にはことごとく関係性が反映されていることになりかねない。
　たとえば治療者が患者とのセッション中に眠気を感じたとする。二者心理学的にはそこには患者との関係性が常に影響していることになるだろう。しかしこの議論を推し進めることは，「何もかも関係性」というあまり生産的とはいえない議論へと陥りかねない。たとえば「眠気は結局は患者の側から投げ込まれたものであり，投影性同一化の産物である」という議論の極端さに通じてしまう危険性がある。しかし立場によってはその治療者の眠気を，もっぱら彼個人の生活上の不摂生や服用中の抗アレルギー薬の副作用ととらえる臨床家がいてもおかしくない。関係精神分析をどこまで念頭に置き，どこまで用いるかは，個々の臨床状況で常に問われ続けなければならない問題である。
　関係精神分析の提示する視点は，ある意味では極めて常識的であり，かつ心の働きのリアリティを反映したものであるが，同時にかなり洗練され，それを維持するために常に知的な労力を必要とする性質のものでもある。そしてその視点は，臨床家が患者を前にして感情の波に呑み込まれたり，自己愛の満足を体験したりする際に一番見失う性質のものでもあるという点は，実は関係理論を学ぶ上で明確に理解しておくべきものと考える。
　結局関係精神分析とは，個々の臨床家がそれぞれの仕方で出会い，必要に応じて吸収し，心の臨床の中で深めていくものであるということだ。今後わが国においてこの一連の理論が多くの臨床家に広く知られるようになり，それぞれの仕方で役立つものとなることを望む。（第1章より抜粋）
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   <title>母子臨床の精神力動</title>
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   <published>2011-11-11T04:05:10Z</published>
   <updated>2011-11-11T04:17:04Z</updated>
   
   <summary>母子臨床の精神力動|ぼしりんしょうのせいしんりきどう</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      目次●
1章 顔と表情──乳児の鏡としての母親の顔（K・ライト）
2章 子どもの発達における母親と家族の鏡役割（D・ウィニコット）
3章 2 カ月児との会話（C・トレヴァーセン）
4章 乳児の情緒と情緒のコミュニケーション（E・Z・トロニック）
5章 かいじゅうたちのいるところ（J・ラファエル‐レフ）
6章 早期対象関係における皮膚の体験（E・ビック）
7章 思考作用についての理論（W・ビオン）
8章 赤ちゃん部屋のおばけ──傷ついた乳幼児‐母親関係の問題への精神分析的アプローチ（S・フライバーグ他）
9章 乳幼児期における心理療法的介入──頑固な泣き叫びを主訴とする対照的なふたつの症例（J・ホプキンス）
10章 乳幼児の睡眠に関する問題（D・ドーズ）
11章 夜の中へ──子どもの夢の本（E・H・スピッツ）
12章 無意識によるコミュニケーション（E・バリント）
13章 デッドマザー・コンプレックス（A・グリーン）
14章 喜びと苦悩──胎児検査への反応（G・ホイットニー）
15章 先天奇形を伴う乳児の子育て──自尊心の調整（D・ミンツァー他）
16章 アマンダ──乳房としての母親を見出した哺乳瓶で養育された乳児の観察と考察（F・グリアー）
17章 カニバリズムと救いとなるもの──いつも乳房が一番よいのか（J・ラファエル‐レフ）
18章 精神分析的洞察と関係性（I・ザルツバーガー‐ウィッテンバーグ）
19章 赤ん坊の言葉を理解すること（J・ホーソン）
20章 子どもの行動が母親の精神衛生に及ぼす影響（L・マリー）
21章 周産期における双子の一方の喪失のマネージメント（E・ルイス他）
22章 死産や新生児の死後の妊娠──心理的リスクとそのマネージメント（S・ボーン他）
23章 乳幼児期の授乳や食事に関する障害（S・アクアローネ）
　
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木部　則雄（きべ　のりお）
1983年　京都府立医科大学卒業
同　年　聖路加国際病院小児科
1986年　帝京大学医学部付属病院精神神経科
1991年　タヴィストック・クリニック児童家族部門に留学
現　職　白百合女子大学 文学部 児童文化学科 発達心理学専攻教授
著訳書　こどもの精神分析（岩崎学術出版社），クラインとビオンの臨床講義，入門メルツァーの精
神分析論考（共訳　岩崎学術出版社），クリニカル・クライン（共訳　誠信書房），こどもの
こころのアセスメント（監訳　岩崎学術出版社），自閉症の精神病理への展開（監訳　明石
書店）
      　本書は英国で子育て支援の専門家となる人のためのセミナーのテキストである「PARENT-INFANT PSYCHODYNAMICS」の全訳である。本書は母子関係を理解するために必須な精神分析，発達心理学の諸論文から構成されている。本書のタイトルは「母子臨床の精神力動」としたが，母子臨床には，母子だけでなく父親，周囲の人々との関与の意味を込めている。本書の編者であるJoan Raphael-Leff は，女性性，妊婦から母親になる心理的過程，および母親と胎児，新生児との心理的な相互関係に関する研究，臨床における世界的な第一人者である。
　我が国の子育て支援は，主にソーシャルサポートを中心としたものであり，精神分析，発達心理学的視点からの直接的な実践アプローチへの示唆はほとんど為されていない。しかし，日常の子育て支援の相談に深刻な母子関係の問題，虐待などが潜み，より専門的な施設や医療機関への相談，受診に至る症例もしばしば見受けられる。こうした深刻なケースにおいて必要とされるのは，精神分析や発達心理学的知識に裏付けられた直接的実践アプローチによるサポートである。このような視点からすれば，本書は日本より深刻な現状に苛まれている英国の母子臨床のテキストであり，その実践に必須な豊かな知見に溢れた論文集である。
　本書はRaphael-Leff によって4 部に分類され，Ken Wright による「第1章 顔と表情──乳児の鏡としての母親の顔」，序章および各部の扉において，本書の大枠についての説明が為されている。しかし，私はここで本書の新たな読み方をひとつ提示したいと思う。
　まず，健康な母子関係というのはどのようなものであるのかについて詳細に知って欲しい。そのためにはFrancis Grier による乳幼児観察の総括である「第16章 アマンダ――乳房としての母親を見出した哺乳瓶で養育された乳児の観察と考察」と，Joan Raphael-Leff によるその論文へのコメント「第17章 カニバリズムと救いとなるもの──いつも乳房が一番よいのか（アマンダに関する考察）」を読むことをお勧めしたい。それによって，健康な母子関係にも必ず潜む関係性の精神病理の詳細を理解することができるはずである。つまり，完璧な乳児，母親，そして母子関係は存在することはなく，理想に過ぎないということである。
　次に，母子間の空想的なやりとり，世代間伝達などの早期母子関係の障害についての論文へと読み進める。Joan Raphael-Leff による「第5 章 かいじゅうたちのいるところ」は，胎生期の母子のやりとりの場である胎盤を中心に考察したものである。次に，乳幼児精神医学の金字塔としてのSelma Fraiberg 他による臨床実践の論文である第8 章 赤ちゃん部屋のおばけ──傷ついた乳幼児‐母親関係の問題への精神分析的アプローチ」は必読の論文である。そして，André Green の「第13章 デッドマザー・コンプレックス」は乳幼児期の母子の病的なやりとりに関して記載されている。Enid Balint による「第12章 無意識によるコミュニケーション」は一世代を超えた世代間伝達であり，興味深い。
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   <title>統合的観点から見た認知療法の実践</title>
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   <published>2011-09-29T10:02:09Z</published>
   <updated>2011-09-29T12:51:39Z</updated>
   
   <summary>統合的観点から見た認知療法の実践|とうごうてきかんてんからみたにんちりょうほうのじっせん</summary>
   <author>
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   </author>
         <category term="030心理療法・カウンセリング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="040行動療法・認知療法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      <![CDATA[<strong>目次●</strong>	
　序　　文
　はじめに
第1章　認知療法の考え方―成立と理論
　1．認知療法以前
　2．認知療法の成立
　3．認知療法の概念―理論，技法，方法
　4．認知療法の考え方
第2 章　セッションの進め方―認知療法セッションを構造化する
　1．認知療法セッションの目標
　2．セッション展開における構造化
　3．セッション内の構造化
第3 章　認知アセスメント
　1．認知療法の聞き方―ソクラテス式質問法
　2．自動思考，信念，スキーマのとらえ方
　3．認知モデルによる概念化
第4 章　認知療法の介入技法
　1．認知的技法
　2．行動的技法　　　　　　
　3．感情的（体験的）技法
第5 章　認知療法における治療関係
　1．一般的な心理療法における治療関係
　2．認知療法における治療関係
第6 章　認知療法を実践的に使う―症例を通して
　1．うつ病
　2．パニック障害（空間恐怖）
　3．強迫性障害
　4．パーソナリティー障害
　5．その他の精神疾患
第7 章　心理療法の中の認知療法―統合的方法としての認知療法
　1．従来の心理療法の概観
　2．現代の心理療法
　3．統合・折衷的観点の心理療法
　4．統合的方法としての認知療法
おわりに
参考文献
付　録　認知療法の学び方
あとがき
人名索引
事項索引
----------------------------------
<strong>東　斉彰（あずま　なりあき）</strong>
1987年　関西学院大学大学院文学研究科博士前期課程修了
1988年　大阪心理療法センター所長
1989年　九州大学医学部付属病院心療内科技官
現　職　 財団法人住友病院臨床心理科主任，大阪大学大学院／龍谷大学大学院／追手門学院大学大学院／大阪経済大学大学院／関西福祉科学大学大学院非常勤講師，同志社大学・実証にもとづく心理トリートメント研究開発・普及促進センター嘱託研究員（アドバイザー），日本産業カウンセラー協会／関西カウンセリングセンター講師およびスーパーバイザー
著　書　 『 パーソナリティ障害の認知療法』（岩崎学術出版社，2011年，共著），『カウンセリングの成功と失敗』（創元社，1991年，分担執筆），『認知療法ケースブック』（星和書店，2003年，分担執筆），『発達臨床心理学ハンドブック』（ナカニシヤ出版，2005年，分担執筆），『これからの心理臨床』（ナカニシヤ出版，2007年，分担執筆），
訳　書　『 行動療法の展開』（二瓶社，1999 年，共訳），『うつを克服する10のステップ　セラピスト・マニュアル／ユーザー・マニュアル』（金剛出版，2010年，
監訳）]]>
      第1章では，現在の認知療法が成立するまでの経緯を追う。認知療法以前の心理療法の発展から，認知療法の考え方が生まれ，洗練されていくまでの経過を概観する。そして認知療法の理論，技法，方法について説明し，その概念をまとめておく。また，認知療法の考え方の基礎をなす3つの視点，すなわち認知論的視点，力動論的視点，行動論的視点を紹介し，どのような認識論から認知療法が成立し，発展してきたのかを明確にしておきたい。
　第2章からは実際の認知療法の方法について述べていく。まず第2章では，認知療法の特徴の一つである治療の構造化について，目標設定やアセスメント，治療介入といったセッションの展開の仕方，および心理教育やアジェンダ設定，ホームワークなどのセッション内での進め方について説明する。第3章ではアセスメントの方法を聴き方（ソクラテス式質問法），認知，思考（自動思考，媒介信念，中核信念，スキーマ）のとらえ方，認知概念化の順に提示する。第4章では，認知療法で適用される技法として，認知的技法，行動的技法，感情的（体験的）技法に大別し，それぞれ詳述する。従来の認知療法のテキストでは認知的技法と行動的技法のみが取り上げられることがほとんどであるが，本書ではそれに加えて感情的（体験的）技法を併せて述べ，技法の幅を広げて統合的な見地からまとめてみたい。第5章は，認知療法には非特異的要因である治療関係について取り上げる。まず，一般的な心理療法において治療関係はどのように用いられるのかについて概観し，次いで認知療法に特異的な治療関係を考察する。この章は，前述のように他の認知療法テキストにはほとんど取り上げられない内容で，本書の特徴であり中心的なトピックであるので熟読してほしい。第6章は実際の認知療法の実践例として症例をあげた。認知療法が最も効果を表すとされるうつ病の症例を筆頭に，パニック障害，強迫性障害と進め，治療が難しいとされるパーソナリティー障害まで取り上げる。第7章では，第6章までの認知療法の紹介を受けて，従来の心理療法の中で認知療法がどのような位置を占めるのかを論じる。精神分析療法以降の様々な心理療法の簡単な紹介をして，それらが時代とともに統合的，折衷的にまとめられてきたことを踏まえて，認知療法が優れて統合的な治療法であることを示したい。
　また巻末に，認知療法の学び方を付録としてあげた。書籍による学習やスーパービジョンを通して，より有効な認知療法の学習法を示しておいた。読者の今後の学習の参考としてほしい。
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   <title>改訂第２版 パーソナリティ障害の認知療法 全訳版</title>
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   <id>tag:www.iwasaki-ap.co.jp,2011://1.554</id>
   
   <published>2011-08-29T05:19:35Z</published>
   <updated>2011-08-29T05:57:33Z</updated>
   
   <summary>改訂第２版 パーソナリティ障害の認知療法 全訳版|かいていにはんぱーそなりてぃしょうがいのにんちりょうほう</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="040行動療法・認知療法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      <![CDATA[<strong>目次●</strong>
第Ⅰ部　歴史，理論，研究　　
　第１章　パーソナリティ障害の認知療法：概観
　第２章　パーソナリティ障害の理論
　第３章　パーソナリティ障害のアセスメント
　第４章　一般原則と特殊な技法
　第５章　パーソナリティ障害の認知療法における治療関係
第Ⅱ部　臨床応用
　第６章　妄想性パーソナリティ障害
　第７章　統合失調質パーソナリティ障害と統合失調型パーソナリティ障害　　
　第８章　反社会性パーソナリティ障害
　第９章　境界性パーソナリティ障害
　第10章　演技性パーソナリティ障害
　第11章　自己愛性パーソナリティ障害
　第12章　依存性パーソナリティ障害
　第13章　回避性パーソナリティ障害
　第14章　強迫性パーソナリティ障害
　第15章　受動攻撃性パーソナリティ障害（拒絶性パーソナリティ障害）
　第16章　将来の統合と展望
　
------------------------------------------
<strong>Aaron T. Beck, MD</strong>
　ペンシルべニア大学精神医学教授であり，ベック認知療法研究所の所長である。500以上の論文を著し，専門的な科学団体から数多くの栄誉を受けている。その中には「アメリカのノーベル賞」といわれているラスカー臨床医学研究賞も含まれている。Beck博士は長くパーソナリティ障害に取り組んできており，境界性パーソナリティ障害の認知療法に関する２つの研究にかかわっている。
<strong>Arthur Freeman, EdD, ABPP, ACT</strong>
　イリノイ州ユニバーシィティパークにあるガバナーズ州立大学の客員教授であり，フィラデルフィアのオステオパシー医科大学の臨床教授である。行動療法促進協会と国際認知療法学会の会長を務めている。認知療法アカデミーの名誉創設特別会員であり，臨床心理学，行動心理学，家族心理学の領域で，アメリカ専門心理委員会から認定資格を取得している。Freeman博士は，夫婦療法と家族療法，うつと不安，パーソナリティ障害の認知行動療法に関心をもって，研究と臨床を行っている。]]>
      <![CDATA[<strong>「監訳者あとがき」</strong>より●
認知療法は治療技法の集合体ではなく，a system of psychotherapyである。数ある心理学的治療にあって，精神療法の名に値するためには，いくつかの基準を満たす必要がある。列挙すると，(1) パーソナリティと精神病理に関する理論が存在すること，(2) 理論を裏付ける研究成果が存在すること，(3) 理論との整合性をもった治療技法の選択がなされること，(4) 治療効果が科学的に実証されること，である。
基準の第1である理論について本書では，パーソナリティとその病理がスキーマという観点から論じられる。スキーマは，認知と情動と動因という諸過程が依拠する基本構造であり，パーソナリティの基本単位とされる。スキーマには，認知的スキーマだけでなく，情動的スキーマ，動因的スキーマ，道具的スキーマや制御スキーマまでが区別される。しかも構造として横断的に定義されるスキーマが，縦断的な発達過程の中に位置づけられる。基準の第4にある効果研究の成果も，十分とは言えないまでも，着々と蓄積されていることが，本書の第1章に詳しい。
個々の患者に関する認知的概念化に基づいて，治療技法の選択がなされ，一定の効果が得られていく，決して短くはない過程は，それぞれのパーソナリティ障害への認知療法を論じた第Ⅱ部に詳しい。読者諸氏は受け持ち患者の臨床像と照合しながら，その治療に多少なりとも資する「何か」を求めて，繰り返し本書を参照されることだろう。本訳書の主題はパーソナリティ障害である。しかし，限られた患者の治療だけでなく，さらに多くの患者に対する認知療法にも応用できるヒントが発見できるかもしれない。たとえば，スキーマである。パーソナリティの基本構造である以上，スキーマはどのような患者にも認められるはずである。地表につねに露呈した鉱脈のようなスキーマではなく，病期に限って顕在化するスキーマを推測することは，うつ病性障害や不安障害の治療でも重要である。パーソナリティ障害における純度の高いスキーマを希釈するとき，パーソナリティ障害のスキーマと定性的には区別できないスキーマを，いわゆる第Ⅰ軸の障害にも見出すことになるだろう。Aaron T. Beckの著作は枚挙にいとまがないが，監訳者の知る限り，""Cognitive Therapy of Personality Disorders""だけが改訂第2版を公にしている。初版以来およそ15年，パーソナリティ障害に対する認知療法が，固定された完了形ではなく，なおも途上にあり続け，今後さらに進展しうる可能態であることを実感できるだろう。監訳に関わったひとりとして，そうであることを期待したい。]]>
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   <title>癒しと成長の表現アートセラピー</title>
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   <published>2011-08-29T02:45:16Z</published>
   <updated>2011-08-29T02:53:51Z</updated>
   
   <summary>癒しと成長の表現アートセラピー|いやしとせいちょうのひょうげんあーとせらぴー</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="030心理療法・カウンセリング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      <![CDATA[<strong>目次●</strong>
第1章　芸術療法と表現アートセラピー
　1．現代におけるアートの意味
　2．芸術療法（Arts Therapy）とは
　3．芸術療法の特質とその効果
　4．アートセラピーの歴史
　5．表現アートセラピー（Expressive Arts Therapy）の歴史
　6．表現アートセラピーにおける理論と実践
第2章　表現アートセラピーの実際
　1．さまざまな現場での適用
　2．一般の人への適用
　3．高齢者への表現アートセラピー
　4．精神科クリニックでの適用
　5．学校での適用
第3章　表現アートセラピーのトレーニング
　1．表現アートセラピストの養成
　2．トレーニングコースの構成
　3．パーソンセンタード表現アートセラピーのガイドライン
　4．7日間のコースのスケジュール
　5．トレーニングコースでの学び
　6．PCAと表現アートの相乗効果
第4章　エクササイズ
　1．心理探求的エクササイズと創作・表現中心のエクササイズ
　2．芸術療法におけるいくつかのベクトル
　3．エクササイズの実際
　4．心理探求的エクササイズ
　5．創作・表現中心のエクササイズ
　6．表現アートセラピーで用いる材料
　
-----------------------------------------
<strong>小野　京子（おの　きょうこ）</strong>
1976年　日本女子大学文学部教育学科卒業
1978年　日本女子大学大学院家政学研究科児童学専攻修士課程修了
1989年　米国カリフォルニア州立ソノマ大学大学院心理学部修士課程修了
2003年　ヨーロッパ・グラジュエート・スクール　アドバンス・スタディ修了
現　在　 表現アートセラピー研究所代表，NPO アートワークジャパン理事長，神奈川大学大学院非常勤講師，臨床心理士，国際学会認定表現アートセラピスト
著　書　『 アート×セラピー潮流』（共著，フィルムアート社，2002 年），『表現アートセラピー入門』（誠信書房，2005 年），『新しい芸術療法の流れ』（共著，フィルムアート社，2008 年）
訳　書　『 自己成長の基礎知識2』（共訳，春秋社，1991 年），『意識の臨界点』（共訳，雲母書房，1996年），『表現アートセラピー』（共訳，誠信書房，2000 年），『パーソンセンタード・アプローチの最前線』（共訳，コスモス・ライブラリー，2007 年），『芸術と心理療法』（誠信書房，2010 年）]]>
      <![CDATA[<strong>「はじめに」</strong>より抜粋
　表現アートセラピー（Expressive Arts Therapy）は，アートセラピー（絵画や造形，粘土，コラージュなど視覚アートを用いるもの），ダンス・ムーブメントセラピー（からだの動きによる表現），ミュージックセラピー（音楽やサウンド，声による表現），ライティング（詩や散文など文章による表現），ドラマセラピー（演技やパフォーマンスによる表現）など，さまざまな芸術媒体での表現を用いる統合的な芸術療法です。
　すべての表現を用いる芸術療法というと，なかなかイメージしにくいかもしれません。別の言い方をすれば，パーソンセンタード表現アートセラピーは，大人のプレイセラピー（遊戯療法）と言えるかもしれません。子どもの心理療法では，プレイセラピーが一般的です。子どもはなかなか自分の気持ちを言葉で表現することができないので，子どもとのセラピーでは絵を描いたり，一緒におままごとやチャンバラ遊びをしたり，歌を歌ったり，砂遊び，おもちゃなどを用いた遊びなどをします。また子どもはお話を作ったりもするでしょう。大人は言葉を駆使することができるのですが，やはり自分の心の内面を表すときには，言葉でなかなか言い表せないことがあります。そんなときにアート表現は，心の奥にある気持ちや，メッセージなどを見事に表してくれます。
　そして子どもと同様に大人の中にもたくさんのチャンネルがあり，あるときは歌を歌いたくなり，あるときには踊りたくなり，あるときには演じたくなるのではないでしょうか。その時々で，絵で表現したり，それを物語にしたり，ムーブメントで表現することで，今ぴったりくる表現を見つけることができます。またそのように違う表現をすることで新しい発見に導かれ，より深い心の層に到達できると私は考えます。表現アートセラピーは，特定の表現に限定せず，すべての表現に開かれた療法です。
　もちろん統合的な表現を用いることが，すべての人に合うとは限りません。ときには単一の媒体で続けて表現する方が合っていることもあるでしょう。表現アートセラピーは，その意味で芸術療法のひとつの方法であり，ひとつの分野です。表現アートセラピーの特性は，さまざまな芸術表現の結びつきや刺激し合う性質を大切にし，多様性という視点をもっていることです。
　本書は4章で構成されています。第1章では，芸術療法や表現アートセラピーの歴史や理論を解説します。第2章では，実際に表現アートセラピーがどのように実践され，適用されているかについて述べます。第3章では，パーソンセンタード表現アートセラピーにおけるトレーニングの実際を紹介します。第4章では，具体的なエクササイズを解説します。エクササイズは，読者の皆さまにも試していただけるように，わかりやすくイラスト入りになっています。ご自身の心身の状況に合ったものをお試しください。コラムの欄では私自身の体験や，パーソンセンタード表現アートセラピーを体験した人の体験談や作品紹介が入っています。
　なお本書で紹介する表現アートセラピーは，パーソンセンタード表現アートセラピーに基づくものであることをおことわりしておきます。芸術療法にもさまざまなオリエンテーションがあります。それぞれのオリエンテーションが，意味ある切り口や示唆を提供します。パーソンセンタード表現アートセラピーは，パーソンセンタード・アプローチに基づく非分析的な立場です。作品を分析解釈せず，表現した人が主体的にその意味を発見することを援助します。芸術療法を学ぶ場合には，いくつかの違う立場を学んだ上で自分に合った流派を選択することをお勧めします。]]>
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   <title>続 解離性障害</title>
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   <published>2011-08-29T02:27:28Z</published>
   <updated>2011-08-29T02:38:03Z</updated>
   
   <summary>続 解離性障害|かいりせいしょうがい・ぞく</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="020精神医学・精神医療" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      <![CDATA[<strong>目次●</strong>	
　まえがき──なぜ続編を書くことになったか？
第１部　現代における解離
第1章 多重人格という心の不思議
第2章 解離性障害の現代的な意義
第2部　解離の歴史
第3章 精神分析理論からみた解離
第4章 ヒステリーの概念からいかに解離が生まれたか？
第3部　解離とストレス
第5章 解離はどうして起きるのか？
第6章 「関係性のストレス」の概念の発展
第4部　解離のメカニズム
第7章 心的外傷とレジリエンス──「解離しない能力」
第8章 身体レベルでの解離──転換症状をいかに捉えるか？
第5部　脳科学から見た解離
第9章 隠れた観察者
第10章 スイッチングのメカニズムについて
第6部　解離をいかに治療するか
第11章 まずは心理教育から
第12章 解離性障害の治療の際の基本的な心構え
第13章 各種の治療技法
第14章 症例Ａの治療を通して
第15章 メールを用いた解離性障害の治療の効用
第16章 「火山モデル」を用いた説明
付　章 座談会「解離性障害によりよく対応するために──その出会いから症候学まで」
　岡野憲一郎，奥田　ちえ，柴山　雅俊，野間　俊一

　参考文献／あとがき／人名索引／事項索引
　　　　　
---------------------------------------------
<strong>岡野憲一郎（おかの　けんいちろう）</strong>
1956年生まれ
1982年　東京大学医学部卒業，医学博士
1982～83年　東京大学精神科病棟にて研修
1983～85年　東京大学精神科外来部門にて研修
1986年　パリ，ネッケル病院にフランス政府給費留学生として研修
1987年　渡米
1989～90年　オクラホマ大学精神科レジデント
1990～93年　メニンガー・クリニック精神科レジデント
1994年　ショウニー郡精神衛生センター医長（トピーカ），カンザスシティー精神分析協会員
2004年4月に帰国
現　職　国際医療福祉大学教授
米国精神科専門認定医，国際精神分析協会，米国及び日本精神分析協会正会員，臨床心理士
著訳書　ある精神分析家の告白（ストリーン著，岩崎学術出版社），外傷性精神障害（岩崎学術出版社），日本語臨床Ⅰ─恥（共著，星和書店），恥と自己愛の精神分析（岩崎学術出版社），新しい精神分析理論（岩崎学術出版社），心のマルチネットワーク（講談社），中立性と現実─新しい精神分析理論2（岩崎学術出版社），自然流精神療法のすすめ（星和書店），気弱な精神科医のアメリカ奮闘記 （紀伊國屋書店），脳科学と心の臨床，解離性障害，治療的柔構造，新・外傷性精神障害（以上岩崎学術出版社）
]]>
      <![CDATA[<strong>第12章</strong>より抜粋■
DID（解離性同一性障害）の患者は治療者のもとにたどり着くまでにさまざまな誤解や曲解をくぐりぬけてきている可能性が高い。日本の精神医学的な診断技術はそのきめ細かさにおいて評価すべき点は多いものの，ことDIDに関しては，まだ本来の域には達していないといわなくてはならない。患者がかつて精神科医の診察を受ける機会があったということは，正しい診断に近づくための助けとなっていない場合が多いのである。
DIDのケースのインテーク面接を行った心理士や精神科レジデントがしばしば口にすることがある。それは病歴や症状の経過自体が非常に複雑で，聞いていて圧倒されて混乱するばかりだということである。実際彼女たちの症状の現れ方は多彩で，そこにいたる経緯も非常にこみ入っている場合が多い。しかも面談の途中で人格の交代が生じた場合などは，さらに事情は複雑になる。それまでに患者から得られた体験世界を二次元の平面にたとえるならば，それがいきなり三次元，四次元の立体になったような当惑をおぼえることになるだろう。
そもそも人格の交代現象自体が私たちの常識を遥かに超えている。なにしろ話しかけている患者のふるまいが突然変わり，異なる名前を名乗り，表情もしぐさも一変してしまうのである。治療者がそれに圧倒され，もはや治療的なかかわりを続けることを困難に感じてしまうのは，そのような場合であることが多い。周囲に適切なアドバイスやスーパービジョンを提供してくれる同僚や上司がいればまだいいが，そうでない場合はあっさりと治療を放棄して他に専門家を探すように患者に伝えるかもしれない。あるいは非常にそっけなく「うちはあなたのような解離性障害は治療できません」と告げるだろう。多くの患者にとっては，これはもうひとつの見捨てられ体験となる。
　こう書くといかにも臨床家の意識の低さについて批判しているように聞こえるかもしれない。しかし考えてみると，実は治療者の混乱は患者の病理の反映なのである。患者は「まとまらない」や「自分がいったい誰だかわからなくなる」という悩みを抱え，外部でまとめてくれる人を求めて治療者のところに現れているのである。それを受ける側にその問題が投影すると考えるならば，治療者が混乱し，圧倒されるのはむしろ自然なことなのだ。
ここで大事なことは，患者のライフヒストリーを聞く側の治療者が，大いに混乱を感じつつもそれに耐え，その患者を一人の人間として抱え続けることである。そうすることで治療者は，患者の外部に存在し，そのイメージを統合しつつ彼女たちを見据える存在としてすでに治療的な役割を担い始めているのである。]]>
   </content>
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   <title>サポーティヴ・サイコセラピー入門</title>
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   <id>tag:www.iwasaki-ap.co.jp,2011://1.551</id>
   
   <published>2011-08-29T02:07:46Z</published>
   <updated>2011-08-29T02:25:57Z</updated>
   
   <summary>サポーティヴ・サイコセラピー入門|さぽーてぃぶさいこせらぴーにゅうもん</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="030心理療法・カウンセリング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      <![CDATA[<strong>目次●</strong>
　序の序として　北山　修
　訳者まえがき
序　　章
第１章｜サポーティヴ・サイコセラピーの定義と範囲
第２章｜対話を中心としたスタイル
　セッションを始めること／セッションを終わること／セラピストについての患者の質問／患者の望ましくない行動
第３章｜セルフ・エスティーム
　患者をよく知る／出来事の情緒的な意味を知る／答えやすいように促すこと：プロンプト／セルフ・エスティームを下げる言葉を避ける／批評することを避ける／他
第４章｜不安の軽減と予防
　セラピストが誘発する不安／問題を名づけること／防衛の尊重／他
第５章｜自我機能
　現実検討／思考過程の障害／行動と感情の統制／他
第６章｜適応スキル
　直接的なアプローチ／原則を教えること／他
第７章｜特殊なサポーティヴ技法
　励ましと強化／保証／リフレーミング／助言と教示／他
第８章｜表出的な要素
　直面化と解釈／妥当と思われる説明／他
第９章｜患者－セラピスト関係
　サポーティヴな関係／転移と治療同盟／共感の役割／境界／嫌悪／他
第10章｜実践的な治療上の問題
　予約に来ないこと／遅刻／臨時面接／緊急事態／支払いの困難／治療の行き詰まり／他
第11章｜治療の計画と終結
　医療モデル／精神分析的なモデル／学校モデル
第12章｜結　　論
　
----------------------------------------------
<strong>秋田恭子（あきた・やすこ）</strong>
 慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了，臨床心理士
現職 東北福祉大学准教授
 南青山心理相談室（東京都港区）
著訳書 バルクリー＆バルクリー著『死のまぎわに見る夢』（共訳）講談社　2006
 北山修監修，妙木浩之編『日常臨床語事典』（共著）誠信書房　2006
 ストレイチー著『フロイト全著作解説』（共訳）人文書院　2005
<strong>池田政俊（いけだ・まさとし）</strong>
1985年 千葉大学医学部卒業，博士（医学），日本精神分析学会認定スーパーバイザー
 国保旭中央病院，帝京大学医学部附属市原病院（現ちば総合医療センター）
 などを経て，
現職 帝京大学大学院文学研究科臨床心理学専攻主任教授
 北山研究所所長・南青山心理相談室（東京都港区）
著訳書 張賢徳編『専門医のための精神科臨床リュミエール29』（共著）中山書店　 2011
 北山修監修，妙木浩之編『日常臨床語事典』（共著）誠信書房　2006
 ストレイチー著『フロイト全著作解説』（共訳）人文書院　2005
<strong>重宗祥子（しげむね・しょうこ）</strong>
1986年 上智大学大学院文学研究科教育学専攻博士後期課程修了，臨床心理士
現職 さちクリニック（東京都新宿区）・代々木心理相談室（東京都渋谷区）
 あおきクリニック（東京都中野区）
著訳書 北山修・黒木俊秀編『語り・物語・精神療法』（共著）日本評論社　2004
 サンドラー著『患者と分析者』（共訳）（第二版）誠信書房　2008
 津田彰・山崎久美子編『心理療法の諸システム』（共訳）金子書房　2010"]]>
      <![CDATA[<strong>「訳者まえがき」</strong>より抜粋●
本書は，サイコセラピーの現場で「何を言うべきか」ということに焦点が当てられている。著者は独自のサポーティヴ・セラピーモデルに基づいて，パーソナリティの発展や症状形成についての知識がなくても通用する「技法や戦術の集合体」を示そうとしている。そしてそのために，豊富なヴィネットすなわち臨床のひとコマの具体的な実例を挙げているのが特徴である。これらの描写を見ると，さまざまな臨床の場面で，なるほど，と思わせるところがあるかと思う。ただし，これらの「治療的な対話の断片」は，著者も述べているように，「異なる文脈では，すべきではないことの描写ともなりうる」。すなわちあくまでも，「患者との特定の相互交流が正しいか間違っているかを決めるのは，その文脈と治療計画による」のであるし，「治療計画は，問題のアセスメントと定式化に基づく」ものである。そしてまた「アセスメントと定式化は，セラピストのさまざまなオリエンテーションを反映して，極めて多様」なのである。
著者によると，サポーティヴ・セラピーは「臨床的な問題の極めて幅広い範囲に適応のある精神力動的に基礎づけられた方法」であり，「そのスタイルは対話を中心」としたものである。この本の主題となっているのは，表出的セラピーとサポーティヴ・サイコセラピーの二極間のスペクトラムのうち，「サポーティヴ－表出的治療あるいは表出的－サポーティヴ治療のサポーティヴな構成要素」であり，「焦点は技術」，目的は自我機能，セルフ・エスティーム，適応スキルの向上にある。つまり出自は精神分析であるが，目指しているものは「サポーティヴなスタイルを維持しようとする場合の多くの状況で言うべきことの基本的枠組み」についてのモデルである。そのために，それぞれのヴィネットの背景にある意味をどう理解するかは，読者の理論的オリエンテーションによって異なることになる。読者が，精神分析的な理論的志向をもっていればその理論と，認知行動療法的志向をもっていればその理論と結びつけて考えるであろう。また，はっきりとした理論的志向をもっていなくても，臨床場面ではそれなりに機能するであろうし，そのセラピストがいずれは志向していく理論と結びついていくことになるであろう。
言い換えれば，それぞれのベースにある理論を問わず，たとえ理論が定まらない初学者であっても，臨床場面でそれなりに通用する「技法や戦術の集合体」を表現しようとしているのだと言えよう。
（中略）
本書で提示されている内容は，隔週から週２回程度の精神分析的心理療法はもちろん，一般的に支持的と言われる心理療法や認知行動療法の実践，十分には構造化されていない日常的な薬物療法中心の外来診療から，現場での立ち話，電話対応に至るまで，また，開業心理療法ばかりではなく，入院治療場面や学生・教育相談といったさまざまな現場で応用可能である。例示されている具体的なやりとりは，著者も述べているように，背景や状況によっては意図した目的とはまったく逆の意味をもってしまうことがあるだろうが，各々のやりとりの意図や結果が明確に示されており，ただのマニュアルではない，さまざまな示唆に富んだ，深みのある内容となっている。
どのような病態に対して，どのような薬物を処方すればよいか，には精通していても，日常診療でどのように患者に接してよいか，何を話したらよいのかがわからない医師が増えているとも言われている。本書はこうした医師をはじめ，初心からベテランまでのセラピスト，ナースやソーシャルワーカーなどのコメディカルスタッフにも役立つに違いない，と思う。ぜひ繰り返し読まれることを勧めたい。]]>
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   <title>フロイトと日本人</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iwasaki-ap.co.jp/2011/08/post_261.html" />
   <id>tag:www.iwasaki-ap.co.jp,2011://1.547</id>
   
   <published>2011-08-12T10:21:39Z</published>
   <updated>2011-08-12T10:28:25Z</updated>
   
   <summary>フロイトと日本人|ふろいととにほんじん</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="010精神分析" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      <![CDATA[<strong>目次■</strong>
はじめに
第一部　フロイト‐日本人 書簡集
　1． フロイトと文通したパイオニア四人の略歴
　2． フロイト‐日本人 書簡集
　3． 書簡原文
　訳者あとがき
第二部　精神分析的エッセイ「精神分析への抵抗」
　1． 黎明期，日本人はどのように精神分析にアプローチし「抵抗」したのか
　2． フロイトとの土居健郎の「格闘」
　3． 国際的視野から見た日本の精神分析：その二重性と柔軟性
　4． 交流の「表と裏」とその起源について
　
あとがき
　
-----------------------------------------------------
<strong>北山　修（きたやま　おさむ）</strong>
精神分析家・前日本精神分析学会会長・医学博士
1946年 淡路島に生まれる
1972年 京都府立医科大学卒業
1974～1976年　ロンドン大学精神医学研究所およびモーズレイ病院にて研修
1981～1991年　北山医院精神科院長
1986年 国際精神分析学会正会員
1991年 九州大学教育学部助教授
1994年 同教授
2010年まで九州大学大学院 人間環境学研究院・医学研究院教授
専　攻：精神分析学
現　職：北山精神分析室，九州大学名誉教授，国際基督教大学客員教授，白鷗大学特任教授
著　書：悲劇の発生論（金剛出版），心の消化と排出（創元社），錯覚と脱錯覚（岩崎学術出版社），見るなの禁止（岩崎学術出版社），幻滅論（みすず書房），共視論（共著，講談社），劇的な精神分析入門（みすず書房），覆いをとること・つくること（岩崎学術出版社）その他多数
訳　書：ウィニコット=小児医学から精神分析へ，抱えることと解釈（以上監訳，岩崎学術出版社），ストレイチー=フロイト全著作解説（監訳，人文書院），フロイト=「ねずみ男」精神分析の記録（監訳，人文書院）その他]]>
      <![CDATA[<strong>あとがき</strong>より■
　欧米と日本の間で「日本の精神分析」が当初から抱えていた苦悩や葛藤，そしてそれなりにユニークな解決法が，ここに示されている。つまり，先に行く者は，時間をおいて後から行く者よりも，精神分析に対して強い愛と不安で動機付けられているからこそ，闘う姿を示すことになる。さらに，本書で同時に開示されるように，一般的にはあまり知られていない事柄だが，精神分析家とは，これこそ精神分析だ，あれは精神分析ではない，いやあれにもこれにもどちらにも精神分析的なところがある，いやどちらにもそのようなものはない，という，目に見えない心，それも無意識的な心の解釈論だからこその，引き裂かれるような言葉の道を生きていかねばならないのだ。
　そういう意味で極めて本質的な問題提起を行う本書の出版を，直接的に決心させたきっかけは，意外にも中国においてであった。つまり，2010年11月に中国の北京で，「フロイトとアジア」というテーマの第1回国際精神分析協会アジア大会が開催されたことである。当日は，会場のあちこちで，「精神分析のコロナイゼーション（植民地化）」がキーワードとなり，さまざまな局面で話題になっていた。つまり，アジアにおける精神分析の本格的「侵入」に対して，抵抗が強まっているという意味で，迎えるアジア人と訪問する白人の双方で当然のごとく語られていたのだ。
　同じような文脈だが，私も思い出すのは，後に訓練分析と認められた個人分析をロンドンで受けていた30歳の頃のことだ。つまり当時の，留学生の間で語られた，母国に帰国してからの使命（ミッション）を授けようとする分析家の欲望や期待にどう対応するかという話題である。私たちは，伝えられる精神分析と相対する時，伝えられる側は誰でも反応するものであり，それこそが，人間理解においては重要な手がかりになるのだと考える。すなわち，心の真実を発見することに対する抵抗を観察し分析することなしに，心の真実に至ることはできないのである。
　そこには，少なくとも部分的には，心理的な葛藤のあったことと，「蓋をとる方法」としての精神分析に対する戦い，あるいは抵抗の要素があったということは間違いない。それで本書では，日本人の精神分析の積極的な取り入れの姿が描き出されるが，同時に，精神分析の取り入れに抵抗する姿も際立つことになる。さらには，その間にあるギャップを橋渡しする解決策も示されるだろう。これを資料として分析するならば，私たちについての在り方や生き方の洞察として得られるものは大きいだろう。
　精神分析の侵入に対して当然のごとく生まれた抵抗とその自己分析的研究の歴史があった方が，頭ではすんなりと受け入れておきながら口で精神分析は死んだと言い出す場合よりも，将来的にはさらに深く根付くもののように思う。それを願って，これからも長い歴史になるはずの，日本の精神分析の黎明期の記録と個人的な解説を，私は世に送り出したい。
]]>
   </content>
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   <title>解釈を越えて</title>
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   <id>tag:www.iwasaki-ap.co.jp,2011://1.543</id>
   
   <published>2011-08-11T06:02:29Z</published>
   <updated>2011-08-11T08:27:49Z</updated>
   
   <summary>解釈を越えて|かいしゃくをこえて</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="010精神分析" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="030心理療法・カウンセリング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.iwasaki-ap.co.jp/">
      <![CDATA[<strong>目次●</strong>
　謝　辞
　序　文　本書の成り立ちと構成：BCPSGのそもそもの始まり
第1章　精神分析的治療における非解釈的メカニズム：解釈を“越えた何か”
第2章　関係性をめぐる暗黙の知：精神療法的変化における中心的概念
第3章への導入
第3章　“私が分かったとあなたが分かったと私が分かる……”
第4章への導入
第4章　暗黙のものを解明する：分析状況における変化のマイクロプロセスとローカルレベル
第5章への導入
第5章　「解釈を“越えた何か”」再考：精神分析的出会いにおけるスロッピーネスと共創造性
第6章への導入
第6章　精神力動的意味の根源的レベル：葛藤，防衛，そして力動的無意識との関係における暗黙のプロセス
第7章への導入
第7章　関係的な意味のさまざまな形：暗黙の領域と自省的・言語的領域との間の関係をめぐる課題
第8章　“関係性をめぐる暗黙のプロセス”に基づいて治療作用を考える

参考文献
訳者あとがき
人名索引
事項索引
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<strong>訳者略歴●</strong>
丸田俊彦（まるた　としひこ）
1946年　長野県須坂市に生まれる
1971年　慶應義塾大学医学部卒業
1976年　メイヨ･クリニック精神科レジデント終了
1977年　メイヨ･クリニック精神科コンサルタント
1979年　メイヨ医学部精神科助教授
1980年　米国精神科専門医試験官
1982年　メイヨ医学部精神科準教授
1986年　メイヨ医学部精神科教授
1993年　慶應義塾大学医学部精神神経科客員教授
2004年　放送大学客員教授
2004年　メイヨ･クリニック医科大学精神科名誉教授
2005年　東京大学大学院人文社会系研究科客員教授
専　攻　精神医学
現　職　サイコセラピー・プロセス研究所（IPP）所長
著訳書　短期力動精神療法（岩崎学術出版社　共訳），サイコセラピー練習帳─グレーテルの宝捜し，サイコセラピー練習帳Ⅱ─Dr. Mへの手紙，コフート理論とその周辺，理論により技法はどう変わるか，間主観的感性─現代精神分析の最先端（いずれも岩崎学術出版社），間主観性の軌跡（岩崎学術出版社，共著），乳児の対人世界，間主観的アプローチ臨床入門─意味了解の共同作業，乳児研究から大人の精神療法へ─間主観性さまざま（いずれも岩崎学術出版社，監訳），間主観的アプローチ─コフートの自己心理学を超えて，間主観的な治療の進め方（いずれも岩崎学術出版社，訳），痛みの心理学（中央公論社），その他研究論文多数]]>
      <![CDATA[<strong>序文より抜粋●</strong>
　患者の心と治療者の心の間で起こったことが，分析の真の主題である。確かに言葉は話される。が，本当に起こっていることの在処は，言葉と言葉の狭間に新生する暗黙の意味にある。次いでわれわれは，共創造性そして間主観性という言葉によって何を意味するのかをさらに詳しく検索する必要に迫られた。こうしてわれわれは，時々刻々の出来事を扱っていることに気付き，それを“ローカルレベル”と呼ぶことにした。
　こうしたことはすべて，萌芽として，最初の論文に述べられている。しかし，さらに考察を深め，こうした4つの主眼点（暗黙の意味，共創造性，間主観性，ローカルレベル）を入念に検討する必要があった。それに続く3つの小論文は，最初の論文で紹介した中心的なアイディアのいくつかに関し，さらに詳しく述べている。
　2002年，BCPSGは，最も困難な課題を取り上げることになった。“どこで，いつ，何が暗黙なのか？”である。難しいのは，暗黙のものが，言葉ではないからである。それが，時々刻々の世界に属することがますますはっきりするにつれ，われわれはこの言葉，“暗黙の”を，さらに注意深く調べる必要に迫られた。こうしてわれわれは母・乳児観察素材へと立ち戻ることになり，“越えた何か”について語ろうとすれば，ローカルレベルが重要であるという認識に至ったばかりか，ついには，ローカルレベルの重要性を主張するに至った（第4章）。
　2005年。ローカルレベル・プロセスは，スロッピーで，非直線的，非因果的，予測不可能であるという，始めはわれわれの目も引かなかった側面に対する認識を深め，それを強調している内に，実はそれは，現場からの視点，進行中の面接場面の内側からの視点であって，事後的に手を加えたバージョンではないことに気がついた。それを理解するにはこれまでとは違う理論的ツール（ダイナミック・システム理論）が必要となり，そのことが次いで，もう一つ，当初はわれわれの目を引かなかった側面を明らかにした。新しい，驚きに満ちた，有益な出来事を創造するプロセスは，予め形成された意味を発掘することによってなされるのではなく，共創造的なプロセスによってなされる，という点である。それは，2つの心の複雑な相互交流の産物なのである（第5章）。
　いくつかの批判に答える形でわれわれは，意味が，相互交流には必ず伴う意図と情動的手がかりの仕分けを通して，発達的に，また，治療的に，いかに創り上げられるのかについて述べた。これはさらに，意図の中心性を浮き彫りにすることになった。こうして明らかになってきたのは，これまで精神分析理論は，何が深遠で何が表面的かに関し，全く逆に概念化してきたことである。第6章でわれわれは，このきわめて重大な点に関し，さらに入念に検討した。
　第7章でわれわれは，さらにそのプロセスを継続した。臨床が精神力動に基づいた理論を必要とするのは，大方のところ意味に，つまり，ある防衛が何を意味するかによるところが大きいからである。こうして，意味とは何を意味するのかについて，真正面から直面せざるを得なかった。暗黙なものが根源的であることは，ここまでで明確にされた通りであるが，加えてそれは，判然とした意味との適合性や判然とした意味の一貫性と妥当性の，評価ガイドないしは参照点としても機能するのである。
　最後に，“精神力動的治療を治療的にしているのは何か”をめぐるわれわれの考えを提案する作業は，困難ながら意欲をそそるものであった。その展開を，“関係性をめぐる暗黙のプロセス”的視点として，最後の章で述べた。]]>
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   <title>米国クライン派の臨床</title>
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   <published>2011-08-03T04:11:57Z</published>
   <updated>2011-08-03T05:57:11Z</updated>
   
   <summary>米国クライン派の臨床|べいこくくらいんはのりんしょう</summary>
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         <category term="010精神分析" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="78" label="クライン派" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="76" label="対象関係論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="79" label="米国の精神分析" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<strong>目次●</strong>
第1章 イントロダクション　　1
第2章　精神分析と暗示：ジェイムス・ストレイチーの「精神分析の治療作用の本質」再考　　
第3章　精神分析は治すのか？　精神分析技法論への寄与　　24　　
第4章　変化をもたらす解釈をすることの難しさについて　　41　　
第5章 臨床的事実とは何か？　精神分析技法論への寄与　　58
第6章 心的現実と転移分析　　78
第7章 精神病理と原始的精神状態　　92
第8章 遊び，創造性そして実験　　111
第9章 内的対象　　127
第10章 自分自身のこころ　　148
第11章 アルファ機能について　　170
第12章 コンテイナーについての一理論
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ロバート・ケイパー博士は，リード大学とUCLA医学部とを卒業している。彼は，カリフォルニア精神分析センターの訓練・スーパーバイジング分析家であり，Immaterial Facts: Freud's Discovery of Psychic Reality and Klein's Development of His Workの著者である。彼には，精神分析の理論や技法に関する数多くの論文があり，そのうちの多くが本巻に登場している。
　]]>
      <![CDATA[<strong>監訳者あとがき</strong>より●
本書の著者ケイパーについてはここにあらためて述べるまでもない。ビオンのアナライザンドであり後には同僚でもあったメイソンに薫陶を受けたケイパーは，米国西海岸の精神分析家であり，グロトスタインと同様に米国クライニアンと呼べる分析家である。クラインとビオンの精神分析を基底に置き，オリジナルな精神分析を築き上げている。その在り方には同じ西海岸のオグデンとも近似した姿勢があるが，オグデンに較べるとよりクライン‐ビオンに忠実な精神分析を構築している一方，グロトスタインほどビオン一色でもないところに彼独自の位置があると私はとらえている。そこには，もともと物理学を学んでいたという経歴に見られる科学的方法論を確実に身につけた彼の学問的姿勢と，論文にちらちらと現れる自我心理学的見識という米国の風土がもたらしたものが，彼をして達成させたと言えるのかもしれない。本書ではジェイムス・ストレイチーの名高い「精神分析の治療作用」論文がたびたび批判的に評価される。それは，ストレイチーの論文がクライン派精神分析にとっても自我心理学にとってもマイルストーン的技法論であるところから必然的といえる選択であったとみられよう。そうした精神分析の作用の探究とともに，精神分析手法のゴールと特異性を追求している。
私たち精神分析臨床家にとって精神分析の学びと訓練は，その伝統の正確な継承で終わってはならないと私は考えている。伝統の確実な継承の上に，その臨床家独自のパーソナルな精神分析が成就されてこそ，私たちが自分自身として分析場面で真に機能できることになる。私たちが先達の複写にすぎないのなら，それがいかに正確なものであろうとも，私たち自身のこころからのことばをアナライザンドに伝えられないであろう。なぜなら，フロイトその人が先輩医師ブロイエルのものではないフロイト独自のものを達成し，それを精神分析と名づけた。クライン，ビオン，ウィニコットしかりである。そしてその在り方を，本書を通してケイパーが私たちに見せてくれる。
本書は，読者の精神分析的思考を攪乱する触媒として作用するであろう。その攪乱から何をつかむかは，読者各自に委ねられている。]]>
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