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精神分析への最後の貢献

フェレンツィ後期著作集

精神分析への最後の貢献

精神分析の『恐るべき子ども』フェレンツィの先駆的著作を初訳

著者 S.フェレンツィ
森 茂起
大塚 紳一郎
長野 真奈
ジャンル 精神分析
出版年月日 2007/12/20
ISBN 9784753307135
判型・ページ数 A5・256ページ
定価 4,180円(本体3,800円+税)
在庫 重版中
 

目次

精神分析における「積極技法」のさらなる拡張(一九二一)
強制空想について──連想技法における積極性(一九二四)
不快感の肯定の問題──現実感覚の認識における進歩(一九二六)
積極的精神分析技法の禁忌(一九二六)
精神分析技法の柔軟性(一九二八)
家族の子どもへの適応(一九二八)
分析終結の問題(一九二八)
望まれない子どもと死の欲動(一九二九)
リラクセイション原理と新カタルシス(一九三〇)
大人との子ども分析(一九三一)
大人と子どもの間の言葉の混乱──やさしさの言葉と情熱の言葉(一九三三)
「断片と覚書」
外傷と対象関係 マイケル・バリント

あとがき
索引

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内容説明

本書はフェレンツィの仕事を一冊の著作集で紹介することを目指し,重要性を基準に選択して編んだものである。『臨床日記』をすでに日本の読者に届けたので,私としては二冊目のフェレンツィの翻訳となる。
フェレンツィが精神分析史の記述に欠かすことのできない,最も重要な分析家の一人であることは誰も否定しない事実である。世代的には,フロイトより17歳年下,ユングとほぼ同年代に属し,フェレンツィ自身が言うように「生徒でもあり教師でもある」位置に立つ。1909年のフロイトとユングのアメリカ講演旅行に同行し,講演の記念写真に写るフェレンツィの姿は,少しでもフロイトの生涯や精神分析史に関心を持てば誰もが目にしたことがあるはずである。しかしそれだけ知られているにもかかわらず,日本におけるフェレンツィの理論と実践の紹介は,ながらく極めて限られたものであった。『臨床日記』が死の前年に書かれた特殊な遺作であることを考えると,フェレンツィ晩年の主要著作は本書によってはじめて紹介されることになる。
精神分析の世界に入ってからのフェレンツィの仕事は,一方の「性理論」に向かう理論的追求と他方の技法の革新という二つの流れとして整理できるだろう。前者の代表は英語版で『タラッサthalassa』(ギリシャ語で海)と名づけられている『性理論の試み』である。他方の技法論は,積極療法の一部を構成する期間限定療法を提案するランクとの共著『精神分析の発展目標』を生み,続いて独自の「積極技法」の展開,さらに「新カタルシス」「リラクセイション」の導入にいたる。この過程を記したものが本書に収録した諸論文である。
子どもに対する性暴力の存在を訴え,心的現実よりは外的現実を重視する方向に向かった晩年のフェレンツィの仕事は,外面的には精神分析界から排除され,一時期はフェレンツィについて語ることさえタブーのようになった。
しかし,フェレンツィの仕事の影響は,その後の精神分析の歴史に深く浸透している。本書のあらゆる場所に引用されるフェレンツィと同時代を生きた分析家たちの手によって,フェレンツィの業績はそれと名指されないまま形を変えて受け継がれている。フェレンツィ,アブラハムに分析を受けた後イギリスに渡ったメラニー・クラインの仕事に影響を与えただけでなく,クラインに続く分析家ウィルフレッド・ビオンの仕事からも,晩年のフェレンツィへの共鳴音が聞こえてくる。「断片と覚書」に見られる,「知性の発生」,「思考」,「抽象」などに関する議論がその例であり,外傷問題がその背景にあることも共通する。あるいは,乳幼児の母子関係に注目する「家族の子どもへの適応」の議論は,「乳幼児観察」として発展した戦後の乳幼児研究の先駆けといえるであろう。
さらに指摘するなら,フェレンツィの発見や主張は,「精神分析」の名のもとで論じうる範囲を超えており,「心理療法」という広い文脈で理解する方がふさわしいのではないかと私には思える。(森 茂起,「あとがき」より)

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著者情報

S.フェレンツィ

1873年ハンガリー,ミシュコルツに生まれる。ウィーン大学で精神医学を学んだのち,ブダペストで精神科医として治療実践を始める。1908年にウィーンのフロイトを訪ね,以後,緊密な協力関係のもとに精神分析運動の発展に貢献した。1913年ブダペスト精神分析協会を設立。1918年に国際精神分析協会会長の職につき,第一次大戦後の1919年にはブダペスト大学の精神分析学教授に就任したものの,政情によりいずれも短命に終わる。分析技法の革新に取り組んだが,晩年の冒険的実践がフロイトとの確執を生み,学会で孤立していった。慢性貧血に倒れ,1933年5月にブダペストで生涯を閉じた。1980年代後半より始まった再評価の波は,「フェレンツィ・ルネサンス」とも呼ばれる。現在,ハンガリー,ブダペストのシャーンドル・フェレンツィ協会の手によって,フェレンツィの遺産の保存と紹介が活発に行われている。

森 茂起

1984年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程退学。1998年博士(教育学)。臨床心理士。甲南大学文学部専任講師,助教授を経て,1997年より同学部教授。 主要著書:『トラウマの発見』(講談社,2005年),『〈戦争の子ども〉を考える』(平凡社,2012年,編著),『自伝的記憶と心理療法』(平凡社,2013年,編著),『ナラティヴ・エクスポージャー・セラピー』(金剛出版,2010年,共訳),『死別体験―研究と介入の最前線』(誠信書房,2014年,共訳),他。

大塚 紳一郎

1980年、東京都に生まれる。臨床心理士。2002年慶應義塾大学文学部卒。2009年甲南大学大学院人文科学研究科博士後期課程単位取得退学。現在、菊川荒木内科心療内科、東洋大学附属姫路中学校・高等学校スクールカウンセラー、および兵庫県内で個人開業

長野 真奈

奈良県奈良市に生まれる。1998年同志社大学神学部卒業。現在、甲南大学人文科学研究科博士課程。専攻は臨床心理学

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