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夢見の拓くところ

こころの境界領域での語らい

夢見の拓くところ

「精神分析的に聴く」ということの本質に迫る

著者 オグデンT.H.
大矢泰士
ジャンル 精神分析
出版年月日 2008/10/14
ISBN 9784753308125
判型・ページ数 A5・224ページ
定価 本体3,500円+税
在庫 在庫あり
 

目次

目次■

第1章 夢見の境での語らい
第2章 もの想いと隠喩─どのように私が精神分析家として作業しているかについて
第3章 声の問題
第4章 詩と精神分析における「起こることの音楽」
第5章 ボルヘスと悲哀の技
第6章 身体にこころを取り戻すこと
第7章 哀悼歌,愛の歌,そして子守唄
第8章 ウィニコットを読む

●人間の創造性の源はどこにあるのか、それはつねに謎である。オグデンはこの傑出した新作のなかで,夢,もの想い,詩,遊びを橋渡しするものを探索する。そうして彼は,創造性と私たちの分析的対話の新たな理解へと道を拓くのである(G・O・ギャバード)。

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内容説明

解題より抜粋■ 本書において,著者オグデンは,前著までの理論的・技法論的展開を踏まえながら,一貫して「精神分析的に聴くということ」の本質を記述し,それにふさわしい言語を創り出す努力を続けている。 第1章では,本書の基本的な方向性が示されている。夢を見ること,もの想い,遊び,創造性,機知,症状形成などが起こる前意識?無意識の境(「夢見の境」)は,私たち自身との人間的な語らいが起こる場所であり,そこでは「それ自体」としての体験が,「私?性」の付与された体験へと変形され,その二つの体験のあいだでの弁証法的対話が生じている。精神分析は,そこでの自分自身との対話が,分析のペアによって「聞きとれる」ようになる状況を創出するよう意図された人間的な関係性の一形式である,として,本書を貫く縦糸が提示されている。 第2章は,分析における隠喩の意義をオグデンらしい明快さで説明していること,隠喩の限界をも認め,また,隠喩の使えない患者との作業にも言及している点などが臨床的に興味深い。 第3章は,精神分析的に聴くことを扱っている。声を聴きとるために必要なのは,その声がどのように響いているのか,誰に向けられている感じがするのか,その声が何を「している」のか,話の途中でどう変化しているのか,といったことを体験し,言い表すという努力であるという。 第4章は本書の一つの山場ともいえる章である。ここでは,フロストの詩の丁寧な読みと,ある分析からの一セッションのプロセスの精細な考察とが示され,最後にこの二つが対比される。その分析セッションでは患者の夢が語られるが,オグデンはそれを機械的に翻訳するような解釈をせず,一瞬のもの想いの体験を通して,深い情緒と洞察に根ざした解釈を紡ぎ出す。 第5章では,詩人・作家ボルヘスの二つの短い作品を取り上げ,その言語使用のなかに展開される悲哀の過程をたどっている。分析セッションを扱うすぐれた臨床論文のようなしみじみとした読後感を残す,実に印象的な章である。 第6章では,性的外傷体験をもつ患者との分析場面での分析家の自然発生的な介入と,その体験が患者に身体とこころの統合感覚をもたらした過程が描かれ,精神?身体についてのウィニコット的な視点を含めて考察される。 第7章では,アイルランドの詩人が母親の死に際して書いた詩を取り上げ,その詩の響きのなかで行なわれている悲哀の過程を聴こうとしている。オグデンは,詩を読むことも精神分析も,感情が言語にかたちを与え,言語が感情にかたちを与えるものとして,読むことと読まれることを通じて人がより十全に自分自身となっていく過程であると見なしている。 第8章では,ウィニコットの論文「原初の情緒発達」について,その内容だけでなく言語のふるまいに注目した読みを試みている。ウィニコットの治療者としてのスタンスを,論文を通して生きたかたちで体験する試みとも言えるだろう。 大矢泰士

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