ホーム > 精神分析体験:ビオンの宇宙
目次
●目次
はじめに,あるいは迷い猫のブルーズ――長めのまえがき
第1部 内的体験
1.コンテイナー/コンテインド
2.破 局――破局の恐怖
3.PsとD (妄想‐分裂心性と抑うつ心性)
4.連続と中断
5.正と負――ポジティヴとネガティヴ
6.パーソナリティの精神病部分と非精神病部分
7.考えることとグリッド
8.エディプスと知
第2部 精神分析での関係性
9.言語による交わり――創造としての交わり
10.Kリンク――経験から学ぶための関係性
11.母親と乳児の関係についてのモデル
12.もの想い
13.共生,寄生,共存
14.変 形
15.視 点
第3部 精神分析家であること
分析家とは何なのか
16.知らないことにもちこたえること――負の能力
17.進 展;選択された事実,未飽和の考え,考える人のいない考え
18.記憶なく,欲望なく,理解なく
19.誠実な信頼
20.直感,あるいは,Oになること
21.解釈と達成の言語
22.神秘家(Mystic)
終 章 ビオンに学べないこと
おわりに――もうひとつの猫の物語
付録1.ビオンの人生史
付録2.ビオンの業績
付録3.ビオン関連書
はじめに,あるいは迷い猫のブルーズ――長めのまえがき
第1部 内的体験
1.コンテイナー/コンテインド
2.破 局――破局の恐怖
3.PsとD (妄想‐分裂心性と抑うつ心性)
4.連続と中断
5.正と負――ポジティヴとネガティヴ
6.パーソナリティの精神病部分と非精神病部分
7.考えることとグリッド
8.エディプスと知
第2部 精神分析での関係性
9.言語による交わり――創造としての交わり
10.Kリンク――経験から学ぶための関係性
11.母親と乳児の関係についてのモデル
12.もの想い
13.共生,寄生,共存
14.変 形
15.視 点
第3部 精神分析家であること
分析家とは何なのか
16.知らないことにもちこたえること――負の能力
17.進 展;選択された事実,未飽和の考え,考える人のいない考え
18.記憶なく,欲望なく,理解なく
19.誠実な信頼
20.直感,あるいは,Oになること
21.解釈と達成の言語
22.神秘家(Mystic)
終 章 ビオンに学べないこと
おわりに――もうひとつの猫の物語
付録1.ビオンの人生史
付録2.ビオンの業績
付録3.ビオン関連書
内容説明
あとがきより● 奇妙なことを述べるようですが,精神分析を唯一無二の独自な実践学問分野として確立したのは,フロイトではなく,ビオンではないかと私は思うようになりました。 フロイトは精神分析を創造し確立しました。しかしそれは医学の領域内で始まり,その独自性の確保のために,既成の哲学や宗教,ときには医学や心理学とも対立を鮮明にしなければなりませんでした。その精神の後継者メラニー・クラインはフロイトの精神分析という方法をさらに徹底させ,前人未到の深みに到達しましたが,専門領域としての精神分析の在り方には何も加えることはしませんでした。むしろそうであることが彼女の真骨頂と言えるでしょう。 もちろん,こうした先達の積み重ねがあったからですが,ビオンは精神分析という母体を何ら揺るがすことなく,またフロイト,クラインの精神分析理論にとどまることなく,医学,数学,哲学,宗教,神話,芸術論等あらゆるものを,それらの分野と対峙することなく,精神分析での体験の解明にふんだんかつ自由に活用しました。その結果彼こそが,精神分析と精神分析家を無二の確固たる存在として私たちに示してくれたように思います。精神分析という無二の実体験があるのですから,精神分析は精神分析なのです。 ビオン(1965)によれば,精神分析は,精神分析家によってではもちろんなく,患者が自分のものの見方に応じて患者の人生を運営するようにすることを目的とし,ゆえに患者自身のものの見方が何かを知ることができるようになることを目的としています。この目的は,分析家が真実への深遠な愛情から科学的作業を営み,真実を患者に供給することで為されます。なぜなら,健康なこころの成長は,生体の成長は食物に依存しているように,真実に依存していると思えるからです。もしも真実が欠けたり不足したりすると,パーソナリティは荒廃するのです。私は思います。これが,精神分析なのです。 * 執筆途中まで本書の仮の表題を,私流の精神分析入門書『対象関係論を学ぶ』の続編と位置づけることができるとの考えから,その「立志編」としていました。『対象関係論を学ぶ』を読んで,もっとこの考え方を学んでみようとの志を抱かれた方に読んでいただこうという意図からです。結果的にそれは,副題に収まりました。 実際のところ『対象関係論を学ぶ』の続編的性質をもつ精神病編はすでに『精神病というこころ』,摂食障害編も『摂食障害というこころ』(ともに新曜社)として出版されています。またビオンの考えに基づいた抑うつ,精神病,パーソナリティ障害の理解は私が編著した精神分析臨床シリーズに視点/総説として著しました。しかし本書はそうした臨床編とはいささか異なり,この期間の私自身の精神分析そのものについての進展を含むという意味でも個人的な意義を持っています。ここでの私の試みがもし成功しているのなら,私はビオンを通した新しい精神分析を提示できているのではないかと思います。 * ビオンにかかわる著作を著す人たちは,ビオンに学んだものをビオンのように著したいという強い衝迫に少なからず襲われるようです。それは,ビオンとの出会いや著作が私たちの中に強力な情緒を引き起こすからだと思えます。これは何なのでしょうか。おそらくひとつには,創造というものの意義をビオンから学んだゆえなのでしょう。そしてビオンによって撹乱された私たちのこころから,ビオンと同様に,創造的な何かを産み出したいと切望し始めるからなのでしょう。 しかしながら創造とは,実際とても難しい作業です。ただ,精神分析家になるということは,絶えず自分自身を創造し進展させようとすることでしょうから,やはりそれは試みられなければなりません。それが成功裡に展開しようと,ときとして陳腐な模倣に過ぎないとしても。 ビオンは難しいとよく言われます。でもおそらく,わかったり,わからなかったりしていてよいのです。そこから自己流が生まれてきます。 かつてベティ・ジョセフと話したとき,彼女は「ビオンが理論として示したものを,技法として探求することに私は努めてきた」と,私に語ってくれました。そしてご存知のように,ジョセフの技法論は彼女独自の創造です。同様に本書は,ビオンが提供している概念モデルに基づく私の自由連想によって構成されているということもできるでしょう。そのビオンに学ぶために,本書では重複して語られていくところが少なくありません。これもまた精神分析臨床では日常のことです。 ビオンから私たちが学べる精神分析について書きたいという気持ちは,私のなかに10年以上前からありました。しかしそれを為す力が私に備わっておらず,そのため今日までの歳月が必要でした。この間の私なりの精神分析や心理療法の実践を踏まえて,私自身が理解できたと思えたことをここに著しました。しかし,それはビオンが提示していることの3割にも及ばなければ,その浅瀬を散策しているに過ぎません。顧みるとき,今も忸怩たる思いがぬぐえません。数年をかけてほんとうに書きたいものを書いてきましたが,その成果があまりに微々たるものであることに哀しみを感じます。 私が伝えたかったことは,ビオンが著しているものは「どんなに哲学的にもしくは神秘的にみえても,徹頭徹尾精神分析的であること」(藤山2008)ですし,すなわち私たちの精神分析や精神分析的心理療法場面にいかに実践的なものかというところです。
著者情報
松木 邦裕 著
1950年佐賀市に生まれる。1975年熊本大学医学部卒業。1999年精神分析個人開業。京都大学大学院教育学研究科教授を経て,現在京都大学名誉教授。日本精神分析協会正会員,日本精神分析学会運営委員。著書 「対象関係論を学ぶ―クライン派精神分析入門―」(岩崎学術出版社),「分析空間での出会い」(人文書院),「分析臨床での発見」(岩崎学術出版社),「私説対象関係論的心理療法入門」(金剛出版),「精神分析体験:ビオンの宇宙―対象関係論を学ぶ立志編―」(岩崎学術出版社),「分析実践での進展」(創元社),「不在論」(創元社),「摂食障害との出会いと挑戦」(共著,岩崎学術出版社)その他。訳書 ケースメント「患者から学ぶ」,「あやまちから学ぶ」,「人生から学ぶ」(訳・監訳,岩崎学術出版社),ビオン「ビオンの臨床セミナー」(共訳,金剛出版),「再考:精神病の精神分析論」(監訳,金剛出版)その他。