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集中講義・精神分析●下巻

フロイト以後

集中講義・精神分析●下巻

精神分析という知の対話的発展を語り下ろす待望の下巻

著者 藤山直樹
ジャンル 精神分析
出版年月日 2010/05/20
ISBN 9784753310043
判型・ページ数 A5・280ページ
定価 本体2,700円+税
在庫 在庫あり
 

目次

目次■

Ⅲ フロイト以後
 イントロダクション  
 11 フロイトとフロイト以後の精神分析  
 12 第一世代の分析家たち
 13 自我心理学の流れ
 14 クラインの人と仕事?
 15 クラインの人と仕事?
 16 ビオンとポストクライニアン
 17 ウィニコットの人と仕事?
 18 ウィニコットの人と仕事?
 19 フェアバーンとバリント
 20 ラカンの人と仕事
 21 現代の精神分析
 22 日本の精神分析
リーディングガイド
あとがき
索引
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藤山直樹(ふじやま なおき)
1953年 福岡県に生れる。幼少期を山口県の瀬戸内海岸で育つ。
1978年 東京大学医学部卒業
その後,帝京大学医学部助手,東京大学保健センター講師,
日本女子大学人間社会学部教授を経て
現在:上智大学総合人間科学部心理学科教授
東京神宮前にて個人開業。
国際精神分析学会(IPA)認定精神分析家,日本精神分析協会運営委員,日本精神分析学会運営委員
専攻:精神分析

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内容説明

第21章より抜粋■  精神分析がどういうものなのかを、4月からずっと講義を聞いている人はおそらく最初よりは少し違ったふうに感じるようになってきたのではないかと思います。というか、きてほしいと思うんですね。精神分析は今あんまり人気のある学問ではありません。しかし、臨床をやるときにその症状の背後にどんな意味があるんだろうとか、この人の人生のなかで、どういう主観的な世界のなかで、この症状やこの振る舞いが起こるのだろうかということを考えないでその人と会うということは、実は大変難しいことです。それはつい考えてしまうことなんです。私たちが人間としてそこにいると「この人はこんなことをやるんだけれど何でだろう」と考えてしまう。そういうものです。そういう問いというものを専門的に推し進めたものが精神分析です。これはかなり自然なことです。人は、その人の気持ちを推し量るときに、決して測定だとか、計算だとか、統計だとかをしない。ある種の感覚や直観の中でその人と出会っていく。  つまりそれは、自分の主観的な体験をつかっていくということですね。自分の主観的な体験をつかって、しかも、単なる主観や思いこみでなく、できるだけ自分の主観的な考えにある種の客観性や公共性を持たせようと格闘して、そこにある理解を生み出すということなんですね。それは実は私たちが毎日ふつうにやっていることです。それを職業的、組織的に続けているということが精神分析であって、そのことが精神分析家の仕事です。そういうことをすることによって精神分析を受ける人のこころが変わってくる。変化してくる。一言でいえば、ゆとりを取り戻してくる。あるいは、その人らしくなったというふうに感じられる場合もあるんです。その人の生き方とか、生きる道筋とか、そういうものが微妙に、しかし、かなり本質的に変わっていく可能性のあるプラクティスなんですね。  フロイトという人がそれに明確にかたちを与えて、言葉を与えて、ある一つの考え、文化というか、disciplineとして確立しよう、と考えたのが精神分析の出発点だと思います。その時から百年ちょっとたっていますね。そこにいくつものいろんなパラダイムの変化があったけど、一つのパラダイムができたからって前のが全部放棄されたり、一つの考えが正しいからって前のが全部捨て去られるということはなく、あるパラダイムが生まれるとこっちのパラダイムとの対話が生まれて、そこに緊張が生まれて、そこにまた一個解決が生まれ、その解決が生じたことでこっちにまたもう一つの視点が生まれるという、そういうことの永遠の繰り返しのようにして対話的に、弁証法的に、精神分析という知が構築されてきたことをお話ししてきたわけですよね。しかも、精神分析には訓練とか実践というものがそこにある。つまり人と人との生々しい交わりが患者とのあいだにも起こっているし、訓練を通じて上の世代とのあいだにも起こる、分析家同士のあいだにも。そういう交わりを通して、知の対話的な発展が行われてきているわけです。

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