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解離の構造

私の変容と〈むすび〉の治療論

解離の構造

第一人者が独自の視点で論ずる解離の病理と治療

著者 柴山雅俊
ジャンル 精神医学・精神医療
心理療法・カウンセリング
出版年月日 2010/10/04
ISBN 9784753310081
判型・ページ数 A5・272ページ
定価 本体3,500円+税
在庫 在庫あり
 

目次

目次●
はじめに
第Ⅰ部 解離の症例
 第1章 ヒステリーの時間・空間性障害についての一考察
 第2章 意識変容を呈した解離性障害の一症例──解離性意識変容の主観的体験構造について
 第3章 失恋を契機に発症した全生活史健忘の一女性症例──「切り離し」からみた全生活史健忘の病理
 第4章 解離性障害にみられた実体的意識性
 第5章 解離性障害における離隔について──「二つの私」の視点
 第6章 交代人格の一症例
第Ⅱ部 解離の症候学と構造
 第1章 解離性幻聴
 第2章 解離性幻視
 第3章 解離性体感異常
 第4章 空間的変容と時間的変容
 第5章 解離と夢の構造
第Ⅲ部 解離性障害と統合失調症
 第1章 解離性障害とシュナイダーの一級症状
 第2章 初期統合失調症(中安)は統合失調症の初期段階か
第Ⅳ部 解離の治療論
 第1章 解離の治療 総論
 第2章 解離と「ボーダーライン」
 第3章 交代人格の治療論──「包む」ことと「つながり」
おわりに

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柴山雅俊(しばやま まさとし)
1953年愛知県生まれ。東京大学医学部卒業。医学博士。
虎の門病院精神科医長,東京大学医学部精神神経科講師を経て,
東京女子大学現代教養学部人間科学科心理学専攻教授。専門は精神病理学。
著書: 解離性障害─「うしろに誰かいる」の精神病理(ちくま新書,2007),専門医のための精神科臨床リュミエール20巻 解離性障害(共著,中山書店,2009),専門医のための精神科臨床リュミエール 3巻 精神科診療における説明とその根拠(共著,中山書店,2009),今日の治療指針2009年版─私はこう治療している(共著,医学書院,2009)など。

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内容説明

「はじめに」より抜粋●  解離性障害の診断は実際には簡単ではない。従来、解離の病態と報告されてきたのは解離性健忘や解離性遁走、多重人格などであったが、これらの「典型的」な解離性障害の診断は比較的容易である。実際に解離性障害で多いのは、「非典型的」な解離性障害であり、この病態を診断することはなかなか大変なのである。多くの解離症例がたんにパニック障害などの不安障害や気分障害、パーソナリティ障害と診断されているのも事実である。近年では気分障害の範囲が拡大し、多くの解離性障害が気分障害と診断されている可能性がある。治療者によって解離的側面に注目されないならば、精神療法的接近は切り離されがちとなり、もっぱら薬物治療が主となってしまう。危惧されるのは、これらのケースがパーソナリティ障害や難治性の気分障害とされ、回復への道筋が閉ざされてしまう場合である。幻覚などがみられれば安易に統合失調症と誤診されてしまうこともしばしばである。早期に誤って統合失調症の告知を受けてしまえば、その後に訂正されることは少なくなる。  治療者が解離の症候学について疎い場合、解離性障害を統合失調症と誤診する可能性はきわめて高くなるだろう。もちろん一見、解離性障害のように見えても実際には統合失調症であることもある。解離の症候学と統合失調症の症候学の双方に通暁していなければ、ひいてはあらゆる精神疾患の症候学について詳しくなければ、そもそも正しく診断することが困難であるのは当然である。実際には、統合失調症の症候学の教育を受ける機会が比較的多いのに対して、解離の症候学についてはそれを知る機会が少ないのが現状であろう。診断する者は自分がよく知っている疾患を診断する傾向がある。知識や経験に乏しい疾患の診断をすることは概して困難なのである。解離性障害であるか否かについて正しい判断をするためにも、解離の症候学や病態への理解はさらに普及されなくてはならないであろう。このことが本書を書いた第一の目的である。  これまでは、医療者の観察者的視点に対して、患者の当事者的視点すなわち主観的体験についてはあまり注目されてこなかったように思う。症状や体験について訊くことが、治療的態度に抵触しないで、むしろ安心感を与えるような症候学と病態構造を私は求めてきた。私はこれらの症候を多くの患者から詳しく教わったが、統合失調症でしばしば指摘されるような、症候を面接の話題に取り上げることによって病像の悪化がみられるということはほとんどなかった。一見悪化することがあるように見えるのは症候について訊くことによるのではなく、患者に対するある種のこちら側の偏った眼差しが影響を及ぼすことによると感じられたこともしばしばであった。解離の病態は精神病とは異なり、主観的体験がわれわれのそれとの連続性を保っていることが多い。それでも患者が語る内容は私からすると驚くようなものだった。

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