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見ることと見られること

「こころの退避」から「恥」の精神分析へ

見ることと見られること

新しく包括的な,クライン派による「抵抗」論

著者 シュタイナー J.
衣笠隆幸
浅田義孝
ジャンル 精神分析
出版年月日 2013/08/16
ISBN 9784753310630
判型・ページ数 A5・240ページ
定価 本体3,800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

監訳者まえがき
序 文(ロイ・シェーファー)
謝 辞
序 章
第1部 きまりの悪さ,恥,屈辱
第1章 〈見られること〉に対する不安──自己愛的なプライドと屈辱
第2章 シュレーバー症例における視線,支配,屈辱
第3章 改善していく過程で現れる情愛に対するきまりの悪さ
第4章 分析家への〈排除された観察者〉という転移
第2部 無力感,権力,支配
第5章 エディプス状況における支配をめぐる闘争
第6章 分析セッションにおける無力感と権力の行使
第7章 エディプス状況における復讐と鬱憤
第3部 悼み悲しむこと,メランコリー,反復強迫
第8章 悼み悲しむこととメランコリーとの葛藤
第9章 反復強迫,羨望,そして死の欲動
文 献
訳者あとがき
索 引
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衣笠隆幸(きぬがさ たかゆき)
1948年 広島に生まれる
1973年 広島大学医学部卒業
1981年から1988年 ロンドンのタビストック研究所に留学
1988年 英国精神分析的精神療法家の資格取得
英国精神療法家協会会員
1991年 日本精神分析協会正会員
国際精神分析協会正会員
1997年 日本精神分析学会運営委員
専 攻 精神医学,精神分析学
現 職 広島市精神保健福祉センター所長

浅田 義孝(あさだ よしたか)
1958年 東京に生まれる
1984年 東京大学法学部卒業
1989年 横浜市立大学医学部卒業
専 攻 精神医学,精神分析学
現 職 大河内メンタルクリニック勤務

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内容説明

序文(ロイ・シェイファー)より抜粋■この論文集で,ジョン・シュタイナー氏は,防衛の「病理的組織化」を徹底して緻密に研究し,それによって妥協的な満足が生じ,こころが変化しない状態が形成され,維持されるありさまを描きだしている。自己愛的な弱さを持つ被分析者は,「こころの退避」に頼り,耐え難い不安から来る激しい苦痛から自分を守ろうとする。本書でシュタイナー氏が分析しているのは,被分析者が持つ,動機が複雑に絡みあったネットワークであり,この動機のネットワークのために,被分析者は「こころの退避」から外に出ようとする気持ちに抵抗せずにはいられなくなる。これらの動機の多くは,ふたつの極端な方向に自分が向かっていってしまうことに対する,強烈な恐怖を焦点として組織されている。その一方はパラノイアであり,もう一方はメランコリーである。  シュタイナー氏は,[ひと前で感じる]きまりの悪さ,恥,屈辱感について,新しい考えを提示している。見ること,あるいは見られることが避けがたい状況では,ひとはこうした感情に耐えられない。この一連のテーマを発展させるため,シュタイナー氏は,自己心理学的分析家やフェミニスト分析家も含め,多様な分析家の貢献を利用している。  特に触れておくべきは,ひとが変化し始めるときの主観的体験をシュタイナー氏が強調していることである。こころの退避所から外に出ていく,とはどのような感覚なのだろうか? 他者の視線にさらされる立場になるとは? 屈辱を受けたと感じると,ひとの強さや決断の感覚はどのような影響を受けるのだろうか? 分析家に身体を,そしてこころを「見られる」ことで,どのような感情が刺激され続けるのであろうか? そして,どのようなことばが「そのようなときのためのことば」,すなわち,絶望した被分析者が理解され,安全だと感じることができることばなのだろうか? 分析家には,この変化のプロセスや問題点を論ずるときに使う,豊富なことばのストックがすでにある。例えば,不安,羨望,全能感の喪失,依存,分離と悲嘆,罪悪感,償い修復するという重荷などである。しかし本書では,私たちは別の,もっと直接体験に結びついたことばに出会うことができる。例えば,「隠れ家から出ていくように,自分のこころの退避所から出ていく」「隠れたままでいる」「対象の視線によって支配される影響を受ける」「ちっぽけだと感じること,劣等感,のけ者にされているという感覚」「悲しみを感じることで,自分と対象のあいだに距離をとり,自分と対象とを全体として現実的にみることができるようになる」そして「情愛」!  著者が主観的な体験に焦点をあてることに助けられ,読者は被分析者の変化に対する頑固な抵抗に近づくことができるようになる。ハインツ・コフートの用語で言うと,精神分析は「体験に近い」言語体系を必要としている。この言語体系により,分析家は動きのない,精神的に未発達な被分析者に対する共感的な同一化を促進し強化することができる。この同一化により,分析家は有効な介入方法を見出せるようになる。この介入により,被分析者はひきこもっている状態から思い切って外に進み出て,分析家の視野の中に十分にとどまることができるようになり,分析プロセスを前に進めることができる。  結論を言えば,ジョン・シュタイナー氏は,抵抗についてのクライン派的アプローチを提示していて,それは最も新しく,包括的で,緻密である。

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