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フロイト技法論集

フロイト技法論集

実践家による実践家のためのフロイト

著者 フロイト, S.
藤山直樹
坂井俊之
鈴木菜実子
ジャンル 精神分析
出版年月日 2014/11/01
ISBN 9784753310821
判型・ページ数 A5・192ページ
定価 本体3,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

●目次
精神分析における夢解釈の取り扱い(1911)
転移の力動(1912)
精神分析を実践する医師への勧め(1912)
治療の開始について(精神分析技法に関するさらなる勧めⅠ)(1913)
想起すること、反復すること、ワークスルーすること(精神分析技法に関するさらなる勧めⅡ)(1914)
転移性恋愛についての観察(精神分析技法に関するさらなる勧めⅢ)(1915)
精神分析治療中の誤った再認識(「すでに話した」)について(1914)
終わりのある分析と終わりのない分析(1937)
分析における構成(1937)

監訳者あとがき
文献
索引
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藤山直樹(ふじやま なおき)
1953年 福岡県に生れる。幼少期を山口県の瀬戸内海岸で育つ。
1978年 東京大学医学部卒業
その後,帝京大学医学部助手,東京大学保健センター講師,
日本女子大学人間社会学部教授を経て
現 在 上智大学総合人間科学部心理学科教授
東京神宮前にて個人開業。
国際精神分析学会(IPA)訓練精神分析家,日本精神分析協会運営委員
日本精神分析学会運営委員
専 攻 精神分析

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内容説明

【監訳者あとがきより抜粋】この本は、フロイトの技法に関する論文のうち、いわゆるPapers on Technique としてストレイチーがまとめた六本と「精神分析治療中の誤った再認識(すでに話した)について」、「終わりのある分析と終わりのない分析」、「分析における構成」の九本の論文を、英語標準版を底本に翻訳したものである。  フロイトの書物は精神分析をやるものが必ず読むものであり、何度も何度も読むものである。そのことは、どれほど多くの分析家の書物がそのあとに出版されようとけっして変わることはない。フロイトは、精神分析のほとんど可能なかぎりの論点を提起し、それとの対話によって精神分析の知の体系は構築されてきたのである。  私も、したがって、何度も何度もフロイトを読んだ。そのうち、翻訳の問題に突き当たった。当時一番流布していた邦訳は人文版だったから人文版を読んだのだが、SEと照らし合わせると、人文版とSEの違いがかなり気になった。たとえば、この技法論の論文で言えば、〝working through (Durcharbeitung)?という重要な概念が初出する論文で、それに「徹底操作」という言葉が充てられ、その主語が分析家であるように訳出されていること、「終わりのある分析と終わりのない分析」において、フェレンツィであろうと思われるフロイトのかつての患者との経緯の描写で、患者と分析家が取り違えられて訳出されていること、そういったことが私には気になった。人文版の全体を通覧すれば、気になることはおびただしくあった。そうした箇所を確かめるためにドイツ語版の全集GWをひもとくと、たいていSEの方が正しいのだった。  GWを底本とした新しい邦訳が出れば、それで問題はなくなるのだろう、と私は思っていた。しかし、岩波版が出て、私はかなりがっかりした。もちろん訳としてはかなり正確になっている。だが、たとえば、ケアという言葉が頻出している。私たち分析実践をやっている者のほぼ全員が、自分のやっている営みをケアという語で語られるのには違和感をもつだろう。これはKur の訳語として採用されており、Kur は語源的にcure とつながりがあるようだが、少なくとも独和辞典では治療という訳語もあり、治療でいいのではと感じてしまう。私たち実践家は精神分析治療という言い回しは受け入れられるだろうが、精神分析ケアとは決して言わない。Behandlung を治療と訳したために別の語が必要になったのだろうか。SEはこのふたつの独語をすべてtreatment と訳している。そのため、本書では特に問題なく治療という語を採用した。  ほかにも、ワーキングスルーを反芻処理としたり、願望充足を欲望成就としたり、あまり、建設的な意味を感じない新訳語が岩波版には散見される。50年以上の歴史をもつ日本の精神分析的コミュニティの文化とはまったく無縁なところで翻訳がなされたからであろうか。  そういうわけで、せめて、一番実践に近い技法論だけでも、もう少し正確でかつ実践家にもう少しなじみやすい訳書があったらなあ、という思いがあった。  私はこの企画においては、英語標準版を底本にしようと考えた。フロイトが独語で書いたことは事実であるが、全世界の精神分析はいまや英語の文化である。ロンドンが精神分析の首都といってよく、世界中の精神分析家がSEを読んでおり、精神分析のほとんどの主要な雑誌は英語で出版されている。そうした雑誌の論文でフロイトが引用されているときは、ほとんどSEから引用される。  この現実を踏まえれば、英語標準版を底本とすることには積極的な意義があるように私は思った。そして、それに独語版を一定程度参照すれば、さらに面白いものになるだろう。  この訳書が正確で読みやすいものになっていることを私はひたすら願う。ともかくも、この訳書が日本で精神分析を志向する人たちの手に取ってもらえるものであることを願ってやまない。

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