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タヴィストック・セミナー

タヴィストック・セミナー

英国を代表する独創的分析家によるセミナー

著者 ウィルフレッド・R・ビオン
福本修
ジャンル 精神分析
出版年月日 2014/11/01
ISBN 9784753310852
判型・ページ数 A5・168ページ
定価 本体2,800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

目次●
第1セミナー 1976年6月28日
第2セミナー 1977年7月4日
第3セミナー 1977年7月5日
第4セミナー 1978年7月3日
第5セミナー 1978年7月4日
第6セミナー 1978年7月5日
第7セミナー 1979年3月27日
第8セミナー 1979年3月28日
付録A ペギーの『ジャン・コストについて』からの抜粋
付録B アンソニー・G・バネットJr. によるインタビュー
あとがき・訳者解題
索 引
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福本 修(ふくもと おさむ)
1958年 横浜生まれ
1982年 東京大学医学部医学科卒業
1990年 静岡大学保健管理センター助教授
1993年 タヴィストック・クリニック成人部門留学
2000年 タヴィストック・クリニック成人精神分析的精神療法課程修了
専 攻 精神医学・精神分析
現 職 恵泉女学園大学人間社会学部社会園芸学科教授/長谷川病院/代官山心理・分
析オフィス

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内容説明

【訳者解題より抜粋】著者ビオンは,長いイギリス生活の後,71歳のときの1968年1月にカリフォルニアに移住した。以後の彼の活動は,それ以前とかなり対照的なところがあり,時に「後期ビオン」と呼ばれる。それまでのビオンの業績が傑出したものとしてどれも世界的に認められているのに対して,この時期のビオンの活動に対する評価は,地域差が著しい。今なお続いている討論では,後期ビオンの“自由さ”を創造性の源としたいグループと,それを思考の緩みと判断するロンドン・クライン派の間で,見解が分かれる。後者は,ビオンが神格化に乗ってしまったと見做している。  こうした「後期」の動きは,ロサンゼルス移住の前から始まっているので,ビオンの転回はイギリスから離れたことが理由ではないだろう。  理由はともあれ移住後のビオンの活動は,70歳代であるにもかかわらず,現地以外でも極めて精力的だった。長期休暇の際の訪問先では週末以外,朝からスーパーヴィジョンやコンサルテーション,夜はセミナーを行なった。こうした活動の中から,『ブラジル講義1』・『ブラジル講義2』,彼の没後に『ニューヨークとサンパウロのビオン』・『臨床セミナーと四つの対話』・『イタリア・セミナー』そして『タヴィストック・セミナー』・『ロサンゼルス・セミナー』が出版されている。なかでも本書は,彼が長期休暇の折に,精神分析文化を最も共有しているイギリス人を相手に,ロンドンのタヴィストック・クリニックで行なったセミナーの記録に基づく,第一級の資料である。  セミナー記録は,シナリオのト書きのようにビオンの服装を描写した後,いきなり核心に入る。それは,精神分析を受けるとはどのような体験か,というものである。「精神分析を受けるという実際の経験が外傷的なもので,それからの回復には長い間掛かるものだと私が認識するのに,非常に長い時間が掛かりました」。  続いてビオンは説明している。人は隙間に苦しみ,それを記憶錯誤で埋めるものだと。すると精神分析の暴力は,外科処置のデブリードマンが感染し壊死した組織を除去することによって健康な組織を成長させるように,心を阻害するものを?がして,むしろ無知を露わにさせるのだろうか。動作としてそこまで積極的に暴力的・侵襲的ではなく,現実の経験を可能にしようとするにしても,精神分析には原理的に,さまざまな危険が内在している。ビオンは明言していないが,分析が彼にもたらしたのは,世界が外傷に満ちていたという認識である。そうした不快なことは,生活の中では否認されている。フロイトが最初に持ち込んだ外科の比喩には,別の含みもあることが分かる。すなわち,手術に耐えられる身体状態なのか,適切な全身管理を行なえるのかという判断が精神分析を行なう際にも必要である。  「後期」ビオンの特徴の一つを敢えて単純化して述べるならば,それは心のモデルの大幅な拡張と多様化にあるだろう。フロイトは大人の中の子供を発見し,クラインは子供の中の乳児を発見した,としばしば言われる。ビオンは,新生児どころか,胎児期の両生類段階の痕跡にすら言及する。こうしたものは,転移・逆転移の概念では捉えようがない。あくまで思弁的想像力・思弁的推論を駆使するのがその方法である。  では,それの証拠や根拠になるものは何か。想像力を働かせるのは良いとして,それが現実と結びついていなければ,意味がない。ただ飼い慣らされた思考も,野生というより乱暴な思考も,的外れとなる。落とし穴は,ビオン風に倣い過ぎることにも現れる。一部のポストビオンの分析者たちのように,神秘的で誕生の予感を孕んだ理解を尊重しても,普通に見て取れることを見過ごして足元を掬われることがありうる。それはどの新しい意匠についても起こることで,個人病理を強調しようと関係を強調しようと,理論を偏愛した時には,ハードな現実が抜け落ちている。  だから基本となるのは,自己抑制を伴う緻密な観察であり,本当に合っているアイデア以外は執着せず捨てる態度である。それを踏まえた上で,ビオンは精神分析の根幹に関わる指摘をしている。それは,「あれほど敵対的で否定的で非協力的に見える人物」の患者こそが,最大の協力者であることである。精神分析は分析者が何でもありの想像力を一人で飛翔させる行為ではない。必ず患者と行なわれ,彼らから手掛かりが与えられる。分析者のワイルドさが示唆に富むものなのかただ乱暴なのか,優しさが気遣いなのか優柔不断の表れなのか,それも患者が決めて,伝えて来ることである。患者からの苦情は無言でも時に厳しく,彼らは悪化したり行動化したり中断したりしうる。分析者にとって,それは貴重な現実から学ぶ機会である。但し,手遅れにならないに越したことはない。ビオンは特に明示していないが,もう一つのハードな現実は,時の流れという人間の思惑を超えたものだろう。フロイトの症例研究は,100年を経て,検証の新たな段階を迎えている。その点では,精神分析自体がどのような意味を持ち続けるかは,これからのことである。

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