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精神分析と昇華

天才論から喪の作業へ

目次

序 文
凡 例
序 章 交差点としての昇華
第一部 昇華理論の展開
 第一章 フロイトの昇華理論
 第二章 フロイト以後の昇華理論
第二部 昇華理論の批判的検討
 第三章 昇華の動因論と価値論
 第四章 クラインの昇華理論再検討
第三部 昇華理論の臨床的応用性
 第五章 象徴産出的去勢の臨床実践
 第六章  男根期的再建と肛門期的再建,あるいは偽りの昇華
終 章 天才論から喪の作業へ
文  献
初出一覧
あとがき
索  引

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内容説明

【序文より抜粋】
 数ある精神分析の概念の中でもフロイトが好んだものが「昇華」である。フロイトは「昇華」と命名した,至上な高みに至る人間のこころに特異な資質に,精神分析が治療法として有効に作用するための好ましい触媒を期待したのである。フロイトは臨床手法としての精神分析が大きな限界を持つことを的確に認識していた。そうであるがゆえに,昇華に治癒の可能性が拓かれるのを見た。
 けれども,それから百年あまりを経てみると,昇華の概念は,フランスでの展開を除けば,世界的には探究が深められるものにはなっていない。その後の精神分析の発展は,より重篤な病理に接近していく中で昇華を置き去りにしてきていたのかも知れない。そして,昇華はその意義を新たに見出してくれる人物を待っていた。
 そこに堀川聡司は本書『精神分析と昇華』を携えて現われたのである。本書で堀川は自らの臨床経験を傍らに従えながら,新たな視座を導入して,深窓に眠れる昇華を私たちの前に連れ出してきた。そして,元来いるべき精神分析臨床の場に居場所を設えている。
 とは言え,堀川が辿ってきた道のりは極めて険しく,連なる茨や瓦礫に遮られていた。堀川は行きつ戻りつ,希望と絶望に身を委ねながら,ときには身を挺して茨を突き抜け,現代精神分析臨床での昇華の意義に本書において到達している。堀川聡司が辿った辛苦の過程を,読者は本書を読みつつ想像することは困難なのかもしれない。というのは,本書は精神分析の書として美しく構成されているからである。
 ラプランシュに倣い,堀川は昇華をcroix,すなわち交差点/十字架と位置づける。交差点とは,内的プロセスと外的環境が交わるところを意味する。十字架とは,逃れられない名誉と苦難を含んでいることである。そして交差点と十字架としての昇華を,理論と臨床の複眼的な視座から眺望する。
 堀川は昇華の理論を「脱性化」と「社会化」を構成軸としたフロイトから始め,自我心理学のアンナ・フロイトやハルトマンら,フランス精神分析におけるラカン,ラプランシュ,ドルドらを引用し,また英国対象関係論,おもにクラインを引用して細心に展望していくとともに批判的な討議も加えている。それから,ここが重要なところだが,昇華理論の精神分析臨床での今日的な意義に果敢に挑む。
 その探求を経て,堀川が昇華を臨床での進展につながるものとして選出したのは,ドルトによる「象徴産出的去勢」とクラインの「償い」である。また,昇華の基本的三要素として,「代替満足」,「象徴化」,「〈物〉の再建」を提起する。これらの概念と要素が喪失における喪の作業の最終過程に結実することを述べる。ここで堀川は昇華を性欲動に基づく動因論と社会化にみる価値論という従来の認識枠から解放し,対象関係という新たな枠を組み入れることを成し遂げた。
 精神分析では,その理論と臨床の往復運動の中にブレイン‐チャイルド/新たな思考が創造される。堀川聡司の創造は,まさに本書『精神分析と昇華』として結実している。ところで,フロイトの天才論は追放されたのだろうか。堀川は「精神分析とは,何らかの絶対的な存在に依拠することを目指すものでは決してなく,むしろそれを絶えず批判的に検討する営みである」と決して門戸を閉ざしてしまわないのである。
 読者は,本書を読みながら,精神分析の新たな可能性に想いを馳せられるであろう。それは,精神分析を学ぶものに特権的なこころの自由を得ていく旅である。(松木邦裕)

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