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児童分析家の語る子どものこころの育ち  新刊

目次

目  次
 著者紹介
 巻頭言
 序
第1章 親になること,その始まり
第2章 新生児の視点から見てまいりましょう
第3章 赤ちゃんはようやく生後6カ月目になりました
第4章 離乳について
第5章 子どもがよちよち歩き始めた頃
第6章 成長を励ますこと
第7章 きょうだい(兄弟・姉妹)になるということ
第8章 幼い子どもたちの教育
第9章 さまざまな子育ての注目点
第10章 付記──思い浮かぶままに
 訳者あとがき
 索引
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山上千鶴子(やまがみ ちずこ)
1946年 秋田県に生まれる
1971年 京都大学大学院(教育学部)修士課程(臨床心理専攻)修了
1979年 タヴィストック・クリニック(英国・ロンドン)トレーニングコース修了
英国チャイルド・サイコセラピスト協会正会員認定
1980年 帰国後,ヤマガミ精神分析クリニック(東京・原宿)個人開業
現在に至る
専 攻 精神分析・心理臨床
現 職 ヤマガミ精神分析クリニック

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内容説明

「巻頭言」より抜粋
 本書は,そもそも発刊当初はお若い親御さんたち,特にお母さん方に向けて書かれたものでありまして,読者に子育ての尽きせぬ喜び,そしてインスピレーションやら理解の深まりといったものをもたらしてまいりました。これを最初に手にしました折には,児童分析家(チャイルド・サイコセラピスト)の知見がふんだんに盛り込まれた〈子育ての書〉がついに世に出た!というのが率直なところわれわれの抱いた感慨でありました。文体の簡潔さからして,そこに書かれてあることの名状し難い微妙さそして複雑さは背景に隠れてしまって,一見してなかなかそれとは気づかれず,つい見過ごされるかもしれません。そしてこうした率直さ,明快さ,そして取っ付き易い散文体というものが,子どもそして親たちの内なる世界についての深遠でかつ想像的な理解と相俟って,マーサ・ハリス特有の妙趣ある語りが生まれたわけでありまして,それこそがまさに,彼女の精神分析的思索家ならびに著述家としての稀有なる才能の真骨頂と言っていいかと思われます。
 今これを読み返しましても,その臨床的ならびに指導的立場でご活躍されておいでの頃に彼女に垣間見られた,その際立った特質が改めて私の記憶に呼び起こされ,なおも新鮮味を覚えます。私がことさら大きな衝撃を受けましたいくつかをここでお話いたしましょう。その最初の一つは,〈子どもというものは,それ固有の能力が備わっており,過ちをおかすこともあり,またそれなりの方向性を持つこともできる,われわれとは異なるところの‘一人の個individual’として在るということが認められねばならない〉ということであります。それは至極もっともに聞こえますけれど,でもとても挑戦的でかつ優れて含蓄のある言葉かと思われます。子どもたちは,両親,もしくは学校の教師,サイコセラセラピスト,政治家など,それら他者なるものにとって都合のいい,いかなる鋳型にも嵌められることがあってはならないということになりましょう。どの子に対しても,われわれがその子らしさを真に知ろうとするならば,時間を掛け,じっくりと想いを凝らすといったことが充分でなければならないのであります。さて,この本の構成として,赤ちゃん時代からプライマリー・スクール時代へと移ってまいりますわけですが,最初それぞれの家庭という居場所に限って生きて暮らしていた子どもがやがて自立してゆき,学校でお勉強したり,そして友情をも手探りで求めてゆくといった子どもになってゆくわけです。そして,こうした子どもの身に起こる事態に寄り添い,絶えず注目と関心を怠らないということが親の任務のエッセンスであるということがわれわれに理解されてまいります。それはまさに時々刻々に変わってゆくプロセスなのです。時を経るなかで子どももそして親たちも成長してまいります。が,それも彼らがその体験を咀嚼吸収し,そこから滋養を得てゆく限りにおいてということになりましょう。このように,それぞれ誰しもが個としての性質を有し,それゆえに固有の難しさを抱えてもおり,さらには何らかの能力が潜在的に備わっているといった視点をまず何よりも尊重すること,それこそマーサ・ハリスが家族の関係性ならびに子どもたちの発達へアプローチしてゆく上での精神分析的スタンスの基本原則と見なしていたのは明らかです。彼女は,〈母子の関係性というものは,それぞれ互いの性質を了解し,馴染み合ってゆくといった能力が試みられるわけでして,それらをとおしてどちらもが双方共に育ってゆくものなのです〉と語っておられますが,まさにそういうことなのであります。
 過去40年間を振り返りますと,子どもたちそして親たちの生活を取り巻く外界においては実に多くの社会的変動がうかがわれます。今やたくさんの幼い子どもを持った母親たちが家庭の外でキャリアを目指しておりますし,それら大多数の方々は育児および家事,それに家計を支えるといったすべてを両立させる手立てを見つけなくてはならないということがあります。昔に比べましても,父親たちはずうっと積極的に子育てに参加し,しばしば赤ちゃんやら幼い子どもたちの世話に手を貸すようになってきております。また多くの家族に父親が不在といったこともございます。また離婚した両親が子どもを育てる上で連携し,共に込み入った方法で対処しているといったこともありましょう。チャイルド・マインダーやらナーサリー(保育園)といったものは,子どもたちの生活の一部としてもはやごく当たり前になってきました。継父とか継母とか,義理の関係になる同胞といったものもかつてなかったほどに今ではさほど珍しくありません。児童養護施設は,今ではそのほとんどが里親委託制度に取って変わられるようになってまいりましたし。同性婚というのも今や特別とも言えません。わが国の多種多様な文化的もしくはエスニック(民族的)な混淆は公的空間を随分大きく変えたといえましょう。そしてわれわれは,時代的にはバーチャルな世界に生きており,エレクトロニックなコミュニケーションに頼っているというわけであります。これらすべての要因からして,それ以外にもまだありましょうけれども,マーサ・ハリスがこの本で事例として挙げているところの人々の日常の趣きがわれわれのとはもはや違ってきていると言えなくもありません。しかしながら彼女は,‘家族という共同体’を構成しているところの個々それぞれが抱える内なる世界の複雑な交流といった概念を明確化する意図でこの本を書き著したわけでありますので,われわれが暮らす外界にどれほど甚大なる変動が訪れたといっても,基本的なところではそれほど大きく変わってはいないと言ってよろしいでしょう。子どもであるということ,それがやがて成長し,自分自身になってゆくこと,それから大人としての責任を引き受けてゆくこと,そうした彼らの経験をどのように,そしてどれほどわれわれは理解することができるのか,それこそが本書の主旨なのであります。ここに著者マーサ・ハリスは,親愛を込め,真実性に溢れ,持てる知恵をありったけ振り絞り,そして想像力をも存分に駆使しながら人間の生きて育ってゆく姿を克明に描写しております。誠にそうであればこそ,この書が読者のみなさん方に必ずや格別の嬉しさをもたらすに相違なかろうと思われるのです。
マーガレット・ラスティン

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