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定版 見るなの禁止  新刊

日本語臨床の深層

目次

はじめに
 第一章 見るなの禁止
「見るなの禁止」総論
 第二章 愛する者を「害する」こと──父神イザナギの罪悪感
悲劇と発達
 第三章 日本の悲劇的民話における前エディプス的「タブー」
 第四章 昔話における同化と異化
 第五章 押しつけられた罪悪感──「阿闍世」の矛盾
 第六章 「見えないこと」について
禁止と臨床
 第七章 転移・逆転移における「乙姫の禁止」
 第八章 患者の羞恥体験に対する治療者の〈受けとり方〉
 第九章 保持機能の観点からみたいわゆる「境界例」
 第十章 治療的退行についての小さな展望
自虐的世話役たち
 第十一章 「世話役」人格の治療の一側面──劇化
 第十二章 傷ついた世話役たちと罪
 第十三章 ありがたいもの──恩と支払い
さいごに
 第十四章 「ともに眺めること」と「浮かんで消える」──浮世絵の中の日本の母と子
解説
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北山 修(きたやま おさむ)
精神分析家 医学博士 元日本精神分析学会会長
1946年 淡路島に生まれる
1972年 京都府立医科大学卒業
1974~1976年 ロンドン大学精神医学研究所およびモーズレイ病院にて研修
1981~1991年 北山医院精神科院長
1986年 国際精神分析学会正会員
1991年 九州大学教育学部助教授
1994年 同教授
2010年まで九州大学大学院 人間環境学研究院・医学研究院教授
2016年より 日本精神分析協会会長
専 攻 精神分析学
現 職 北山精神分析室 精神分析家

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内容説明

【「定版 刊行にあたって」より】
 「見るなの禁止」の物語について早くから出会えたことは幸せでした。これにより、当初から臨床ケースを引用することなく人間の深層を語ることができました。一部の患者たちが私の著作をよく読んでいたことの影響は大きくて、これで臨床報告の不十分さを補うことができたのだと思います。そこでいま精神分析が、文化論のない時代になりつつあることで、広がりと深さを失っていることを気の毒にさえ思うのです。
 もう一つ重要なのは、愛すべきだが問題だらけの登場人物についての分析で、私の同一性や自己のことを、今もこれから先も分析できるという豊かな収穫です。私は〈つう〉であり〈与ひょう〉であって、恥じる側であり辱める側です。そして、禁止を課す側であると同時に課される側で、そして女であり男であります。〈わたし〉は偽りと本当の両方であり、それで不十分な訓練分析を補う形で、その見にくいパーソナリティの二重性を十二分に描出してくれるのです。
 それと共に、臨床報告や理論ではなく、日本語と日本文化に準拠する論は、何よりも私たち自身を読者に対し「評価の分かれるところに」差し出すのです。特に臨床に携わる読者には、著者の考えや生き方について「好き嫌い」を際立たせるのです。それで「有無を言わせない」のではなく、「有無を言わせる」のであり、このような思考の位置と動きを、潔くない中立の場所として自己紹介することは、極めて重要だったと思います。この場所こそ、スフィンクスが謎をかけて立ちはだかり、鶴女房がやってくるところです。その書き方、やり方で、「割り切れないところ」を示すだけでも、二六年前の『見るなの禁止』を換骨奪胎して編集し直したことに意味があるでしょう。
 理論的に大事なことは、すべてS・フロイト、M・クライン、D・W・ウィニコット、D・フェアバーンらの著作に書いてあります。最大の巡り合わせは、英国精神医学の只中において、思いがけない形で同時に彼らの著作に出会えたことです。対象関係論は、多くの頭脳から誕生し生まれ直しているからこそ、信用できるでしょう。
 旧版の初出が一九九三年二月であり、この年の夏に開催されたIPAアムステルダム大会の時、日本人の精神分析の二重性が世界的に知られるところとなりました。小此木啓吾が「アムステルダム・ショック」と呼んだ出来事ですが、匿名の手紙がIPA本部に届けられ、日本の精神分析実践が頻度の上で国際基準に満たないものであるということが国際的に明らかにされました。私は、衣笠隆幸とアムステルダムにいましたが、二人で相談し、そのまま持ち帰り、同僚に報告することにしました。そこからが工藤晋平氏が言うような、本当に私らしく揺れ動く「旅」だったのだと思います。

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